小説家 原田マハ「個と個をコネクトする」仕事術(前篇)
2019.11.29
2019年9月、世界遺産・清水寺で開催されたのが、『CONTACT つなぐ・むすぶ日本と世界のアート展』は、小説家 原田マハさんが手掛けた「はじめて」がいっぱい詰まった、贅沢なアート展です。この壮大なプロジェクトは、いったいどんな風に成し遂げられたのでしょうか。
誰かを楽しませる、幸せにするとはどういうことか。いい仕事をするためにしていることは何か。感動を仕事にしたい人、仕事で感動をしたい人へ贈る「感動の仕事術」シリーズ第一弾。アカツキCOO香田哲朗が原田さんにお話をうかがいました。
原田マハ Maha Harada小説家
1962 年東京都生まれ。関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年フリーのキュレーター、カルチャーライターとなる。2005年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、2006年作家デビュー。2012年『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞を受賞。2017年『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞を受賞。ほかの著作に『本日は、お日柄もよく』『キネマの神様』『たゆたえども沈まず』『常設展示室』『ロマンシエ』など、アートを題材にした小説等を多数発表。画家の足跡を辿った『ゴッホのあしあと』や、アートと美食に巡り会う旅を綴った『フーテンのマハ』など、新書やエッセイも執筆。最新刊は『風神雷神』。
香田哲朗 Tetsuro Kodaアカツキ共同創業者 取締役COO
1985年 長崎県佐世保市生まれ。 佐世保高専卒業後、筑波大学工学システム学類へ編入学。 アクセンチュア株式会社に新卒入社(経営コンサルティング本部) 大手電機メーカー等、通信ハイテク業界の戦略/マーケティング/IT領域の コンサルティングに従事。退職後に塩田元規とともにアカツキを創業。
原田マハからの挑戦状。『CONTACT展』をどう体験するか
こんな贅沢なアート展、これまで日本であっただろうか。
有名な画家の作品が世界から集まる企画展は数多く存在してきたが、『CONTACT展』はこれまでの企画展とは全く違う、はじめてだらけ、異例中の異例とも言えるアートイベントだ。
『CONTACT展』が実現したはじめてのこと
1. 世界遺産・清水寺を舞台とすること
2. 小説とリアルのアート展が連動すること
3. リミットは8日間しかないこと
4. 時代と国、ジャンルを超え作品が集結すること
5. 朝7時からのモーニングチケットがあること
リミットはたったの8日間。開催期間中は、世界各国からこのアート展をたのしみにやってきた人の長い列ができた。
世界遺産・清水寺で今回のようなアート展が開催されるのは、開山以来約1200年の歴史において未だないという。 こんなチャレンジングな『CONTACT展』を、原田マハさんはどんな想いで、どうやって実現してきたのだろうか。また、アカツキが『CONTACT展』をサポートするに至った背景は、どういうものだったのだろうか。
『楽園のカンヴァス』が開いてくれた、アートの扉
原田 東京のIT企業のアカツキが、今回、どうして『CONTACT展』に参加してくれたのか、改めてお話を聴きたいです。そもそも、香田さんとアートとの出会いはどう始まったのですか?
香田 アカツキは2010年創業で、スマートフォンゲームというデジタル分野で成長してきました。2017年頃からリアル分野のエンターテインメントに本腰を入れていく段階に入り、僕はその研究のためN.Y.をはじめ世界各国のショー、イベント、レストラン、ホテルなどを観て回っていたんです。
行く先々の街にはたいてい美術館があって、どこもすごい人が集まっていた。それを見て、「アートが持つ、多くの人を引き寄せるこの力はなんだろう?」と思ったのが、僕がアートに注目したきっかけでした。その時、一緒に旅していた方のすすめで、N.Y.から帰る飛行機で、原田さんの小説を読んだんです。
原田 どの作品を読んでくださったのでしょうか?
香田 『楽園のカンヴァス』です。あと、『暗幕のゲルニカ』も。2018年12月のことでした。
その後、実際にもっとアートに触れて見たくなり、マイアミのアート・バーゼルに行ってみたんですが、アートはダイナミックなフィールドで、僕らがやってるベンチャービジネスと共通点が多いと気づきました。それで一気に肌感が持てるようになったんです。
それがとっかかりになって、僕のアートへの興味が広がっていったんです。
アカツキとしても、僕個人としても、アートとの関わり方を探す中で、例えば作品を買うことで作家を支えるパトロンとしての役割もあるかもしれないけど、もっと、「場を作る」みたいな買う以外の関わり方もあるんじゃないかなと思うようになって。 2019年3月にオープンした横浜の「アソビル」では、パブリックアート的にアーティストに絵を描いてもらったりしてみました。
そんな時、今回の『CONTACT』展のことを聞いたんです。『CONTACT』展を応援する企業は山ほどいそうだけど、アカツキに手伝えることがあればぜひやりたいと思って、話を聞いてほんの数分で「やらせてほしい」と即答しました。直感でした。
原田 香田さんの中で、アートやカルチャーに対する流れが来てるんですね。
実際に自分で体験して、何かざわざわするものを感じて、好奇心のおもむくままにアートやカルチャーの世界にジャンプインしたのは、入り口としてはとてもいいと思います。
これはアートやカルチャーの世界に限らないかもしれませんが、自分で選びとったもの、興味を持ったものは長く続きますが、トレンドに乗ったもの、ちょっとかじったものは続かないですよね。アートやカルチャーのサポーターとして、ふさわしい入り方のような気がします。
ピカソへの対抗意識から始まった、アートの世界
原田 私自身のアートとの出会いも、そうでした。子供の頃から絵を描くことも、絵を観ることも好きだった私のことを、父が大原美術館に連れて行ってくれました。10歳の頃です。
大原美術館ではシャヴァンヌやエル・グレコなどの名画が私を出迎えてくれて、子供だった私はその名画が持つ力に圧倒されて感動したんです。でも、進んでいくと、パブロ・ピカソの『鳥籠』というものすごく変な絵が出てきて、「下手くそーーー、私の方が上手いんじゃない?」「これがこんな立派な美術館に展示されるのなら、私の絵もそのうちここに展示されるんじゃないか?」と思って、ピカソへの対抗意識を勝手にメラメラ燃やしたんです。
私はこのピカソとの出会いきっかけに、私の本にも登場することになるマティスやルソーにも、画集や展覧会を通じて出会っていきました。私がアートが好きだと察知した父は、この世界に入るきっかけを作ってはくれましたけど、どのアーティストがいいとか、どの絵を観ろとは一切言わなかったです。私は自分の興味や好奇心で、どんどんアートの世界に入って行きました。
中二の頃、ムンクの展覧会が神戸であることを知り、父に連れて行ってもらいました。父とは17時に待ち合わせをして、私は一人でその展覧会を観ました。そこで『マドンナ』というエロティックな女性のヌードの絵と出会い、その絵の複製画を買って帰り自分の部屋に額に入れて飾っていたんです。中二の頃ですよ!文学では、小学校の頃は宮沢賢治、中学校では三島由紀夫、大江健三郎を読んでいました。マンガだと竹宮惠子先生の『風と木の詩』。ませてますよね。完全に中二病だったと思います(笑)
そんな風に、私はアートやカルチャーの世界は、自分が好きになって、好奇心を持ったアーティストや作品を自分で選んでいったんです。自分が選んでいったということがすごく大事で、その後の私の人生をグワっと変えることになりました。少女時代の経験だから鮮烈だったということではなく、自分の人生を変える体験は何歳でもできると思います。好奇心を失わない限り。
香田さんの場合も、自分の好奇心でアートに触れて、心を開いて、心に響いたということは、アーティストとコンタクトされたということなんだ、と思います。それは、とても嬉しいですね。今日こうして改めて話を聞いて、これは本物だなと、思いました。
心を開くために行う、アカツキのアート合宿
香田 アカツキは人の心を大事にする企業で、心を開く、感じることをとても大事にしています。米国シリコンバレーではマインドフルネス、瞑想がブームです。今回の『CONTACT』展は清水寺が舞台ですが、仏教的、スピリチュアルな考えは「ZEN(禅)」というキーワードでシリコンバレーの起業家を中心に広がっています。
僕はアカツキのオフィスデザインも手掛けているんですが、隣接する自然植物園の借景とつながるように、メンバーが集まるラウンジは緑のカーペット、観葉植物を置いています。オフィスは裸足で過ごし、家のリビングのようにクッションで床に座って話したり、レコードをかけたり、淹れ立てのコーヒーを飲んだりできます。
月一回の全社集会では、僕たちは「潜る」って言ってますけど、目を閉じて心の声を聴く時間を取り、「分かち合い」と言ってそこで感じたことを近くにいる4、5人とシェアすることもとても大事にしているんです。年二回の合宿では、全員でテーマごとにグループになって深く潜った会話をして、そこから湧き出たイメージを元に、みんなでペンキ絵を描くこともあります。
そんな風に企業経営においても、心や感情をすごく大事にしているのですが、僕はそこの解になるような、普遍的な教えや公式にすごく興味があって、今日、京都に来る直前に仏教の本を読んで来たんです。
読んでたら、「なんだ、現代人が悩んでいることの答えは、みんな仏教に書いてあるじゃないか」と気づいたんです。普遍的な人の悩みを考え尽くして教えにしているのが仏教で、たいていのことは仏教に書いてあるなと。なので、アートと仏教の両面が、今、僕が好奇心を掻き立てられるもので、なおさら『CONTACT』展に関わらせてもらったことにご縁を感じます。
プロジェクトの成功は「人間力」で決まる
香田 京都は学生の頃から夜行バスで何度も来るほど好きですし、『三国志』をはじめ、大河ドラマとか歴史も好きなんですよ。
原田 私、三国志女子なんですよ!吉川英治さんの三国志は愛読書です。『三国志』は最近、ビジネスマンにもリーダーシップや統率、組織、勝負強さといったの生きる上でのヒントがあると読まれているようですけど、まさに大昔から変わってなくてヒントが詰まっているな、と思います。
『三国志』の中で現代につながる普遍的な学びの中に、「人間力がある人」がまとめていく組織やプロジェクトは成功する、というのがありますね。アーティストでもビジネスでも小説でも、全て人間が基本。私自身の経験上からもこれは強く思うところです。
プレイヤーに強い意思があり、エネルギーに満ちていて、それを周囲の人に伝播してくいい気を持っていると、その組織やプロジェクトを成功に導いていきます。『CONTACT』展のプロジェクトメンバーは、みな人間力が高いです。エネルギーが高く、個性が強いですね。
香田 企業における採用も、似ていますね。僕は、どういうエネルギーを持っているかとか、ノンバーバルなところで採用の合否を決めていることの方が多いです。例えば、僕が面接の後に、「学生時代にサークルのリーダーをやっていたし、良さそうな人だ」と人事に伝えると、採用のチェックリストの中に「サークルのリーダーをやっていた人はいい」みたいな項目が足されてしまったことがあったんです。言葉にするとそうかもしれないですが、それよりも、個々の人間力、エネルギーの方を感じて判断する方が多いです。
現代人へのヒント。アートや仏教の普遍性
香田 普遍的なものと言えば、アートや仏教はまさにそうですよね。現代はテクノロジーの力もあって、ある種、何に対しても装飾ができちゃう時代ですけど、アートはプリミティブなところを表現するものですし、仏教はいかに余分なことを削ぎ落として教えにするか、みたいなところがありますよね。
多様な意見を主張ができる現代では、いろんな意見があること自体はいいことなんですが、それを見たり聴いたりする人にとっては「言ってることが、違うじゃん」と生きにくいところもあると思います。ものごとの本質がわかりにくくなるんですよね。こんな時代だからこそ、原始的で本質的なものを伝えるアートや仏教には可能性を強く感じますし、僕はすごく惹かれます。
僕、物理の方程式も好きなんですが、これで解決できる、説明可能になるみたいなものに、すごく興味があるんです。多くのものを覚えるよりも、多くのものを理解し、表現できる方法を知ることに、強い好奇心が湧くんです。
原田 私も「美術や文学の世界での普遍性とは何か?」と、よく考えます。時代によりトレンドやブームがあり、そこにアジャストすることは大事だけど、アートにはもっと普遍的なものがあるなと。驚くべきことに、有史以来、人類は一度もアートやカルチャーを手放したことがないんです。
先史時代の洞窟壁画といえばアルタミラ洞窟やラスコーの壁画が有名ですが、近年、それよりも古い壁画が見つかったんです。1万5000年前に描かれたラスコーよりさらに2万年も古い、3万6000年前の壁画がフランスのアルデッシュ ショーヴェ・ポンダルク洞窟で発見され、大ニュースになりました。
この壁画、線描なんですが、人や手形などを描いています。今から3万6000年も前の時代に、人類は何かを形にして残すということを、せずにはいられなかった。人の手形そのものになんの意味があるのか?いったい何のためだったのかわからないけれど、自分の中から湧き上がる何かを描きつけておきたいという、表現への強い思いが当時の人にもあったんだと思います。アートとともにずっとあった。天変地異や人類としての危機もあったけど、今日に至るまでずっと人類はアートを手放さなかったんです。これって、すごいことだと思いませんか?
構成・文:鶴岡 優子 写真:大本 賢児 イラスト:松本 奈津美 取材日 2019年9月2日