第1回「今さら聞けない、人材マネジメントとは何か?」社会人なら知っておきたい人事のそもそも論。
2018.06.22
4月から毎月1回、全4回の日程で、アカツキが開催している「人材マネジメント講座―Wizard Course」。広く社外に開放し、人材マネジメントの本質を解き明かすのが狙いですが、「お話拝聴型」の座学ではなく、受講生同士が自社の課題や日々の業務の中で抱いた悩みを共有し、全員でディスカッションする方式をとっています。
ファシリテーターをつとめるのが、アカツキ 人事企画室WIZを立ち上げ、室長を務めている坪谷邦生です。WIZとはWizardの略で、「魔法使い」を意味します。坪谷いわく、ネーミングには、人材マネジメントという魔法の力でアカツキを元気にしていこうという狙いが込められているとのことです。
その魔法の力を社外の人にも伝授しようというこの講座、記念すべき初回は、「人材マネジメントとは何か」というまさにど真ん中のテーマ。受講生はあらかじめ課題図書を読んだうえで、本講座で話し合いたい「問い」を事前に提出。そして、4月26日夕刻、アカツキの会議室に社外から受講生を迎えました。それでは、初回の様子をレポートします。
人材マネジメント講座Wizard Courseの参加者
Aさん
2011年創業のベンチャー企業。社員数は約50名で経営者として組織改革を手がける。勉強会参加の課題は「今後、企業の成長に合わせ、組織戦略(採用・評価・報酬・育成)を見直したい。」
Bさん
2001年創業の会社の人事総務部長。社員数約140名。人事関係の経歴10年以上。勉強会参加の課題は「事業内容が広がる中、既存の日本特有の理念経営ではない新しい人事施策を模索したい。」
Cさん
大手メーカーで人材を育成し、今後はタレントマネジメント、パフォーマンスマネジメントを担当の予定。「広い視野で人材マネジメントを理解したい。人材マネジメントの潮流がある中で自社に適合するものを見極めたい。」
Dさん
生活情報提供サービス、クライアント支援を行う大手企業で人事を担当。「採用から人事企画への異動に伴い、基礎知識とその根底に宿る考え方を体系的に学びたい」
Eさん
求人サービスを運営しているベンチャー企業の代表。「正社員、契約社員、業務委託、派遣といった働く形態にとらわれずに、個を生かすような形での人事評価の仕組みをつくるにはどうしたらいいのかを考えたい。」
Fさん
創業したベンチャーを他企業と吸収合併。新たなステージに入った新会社での人材マネジメントを検討中。
細かすぎる目標管理シート、みんなどう思っている?
最初の問いはベンチャー企業の役員、Aさんからで、「人材マネジメント施策を運用する際に留意すべきことは何か」というものだった。これに対し、坪谷が「人材マネジメントと置くと広すぎるので、もっと具体的に」と促すと、Aさんは「評価」と答えた。評価システムの運用に困っている、というのだ。
そのAさん、取り出したPCに電源をつなげると、「問題はこれなんです。運用がまったくうまくいかない」と、目標管理シートを映した。
「シートの体裁が細かすぎます。記入してみたいと思わせる、もっとポップなものにしたらどうでしょう」と、メーカーの人事、Cさんが口を開いた。確かに一面マス目だらけで、記入する側にとって負担となりそうな体裁だ。
「社員の皆さんはどう思って使っているのでしょうか」という坪谷からの質問にAさんは口ごもる。「う〜ん。社員がどう思っているか…。わかりません。この目標管理シートに限らず、どうやって知ればいいのでしょうか。」
「しらけそうな人たち」に徹底フォーカス
情報系企業の人事、Dさんが答えた。「うちは従業員サーベイ(満足度調査)を毎月やっています。定性コメントの記載欄もあるので何が不満なのかも分かりますし、定期的に実施しているので、何をやったら数字が変動するのかがわかります」
「うちもサーベイを年に2回やっていますが、お恥ずかしいことに、結果をきちんと分析しているとは言えません」とAさん。
ベンチャー企業の人事部長Cさんは「規模の小さな組織ならば、ツールに頼らず、人事が生の声を探ったほうがいい」という別の意見を出した。「私の知っている大手IT企業の人事は、ある施策を導入する際、『しらけそうな人たち』に徹底的にフォーカスするんです。例えば1対1でランチに行き、施策の中身と狙いについて、全員が納得するまで周知するそうですよ」。
新人からの逆SKD面談
その話を受け、坪谷がアカツキで実施している「SKD面談」について説明した。SKDとは「最(Sai)近(Kin)どうですか(Doudesuka)?」の頭文字をとったもので、新卒中途含め、入社間もない新人に対し、元気で働いているかどうかを人事が確かめる、ざっくばらんな面談のことだ。つい最近、ある新卒に「新人との山のような面談をこなす坪谷さんにこそ、必要ではないでしょうか。話を聞きますよ」と言われ、SKD面談を逆に新人からやってもらい、とても癒されたのだという。その話に場がどっと湧いた。
全員が対面コミュニケーションの重要性を認識したようだ。
坪谷の「ここがツボ!」
評価の運用において大切なのは「納得感」です。その納得感とは受け取る側(社員)の主観であるため、精緻でロジックが通っていることも大切ですが、それよりも運用者の「顔」が見えていることが重要となります。
参考:人材マネジメントの壺「公平感は受け取る側の主観。相互の信頼関係に左右される」
問い②:管理職の人材マネジメントへの理解を深めるにはどうしたらいいか
「人材の質」の低下と離職率上昇という悩ましい状態
スタートから1時間強経過したところで情報系企業の人事、Dさん提出の問いに移った。「管理職の人材マネジメントへの理解が浅い。成果につながる人材マネジメントを現場に浸透させるにために、人事はどうしたらいいか」というものだった。
Dさんの会社は毎年大量の契約社員を採用している。そこから、少数の優秀層を正社員として登用する一方、大多数は契約期間満了で退職となり、組織としての新陳代謝を保っている。しかし昨今の人手不足もあって、採用する人材の質が下がり気味となっているばかりか、管理職が人材マネジメントの価値や具体的手法を熟知していないため、離職率が上がっているという。彼ら向けの研修を行っても状況が変わらない、というのだ。
坪谷が成果の定義について確認すると、Dさんからは「売上が伸び、かつ現場がハッピーであること」という答えが返って来た。
メーカーの人事、Cさんが口火を切った。「それだけ大量の人材が必要なのですか。そこを減らすという選択肢はないのですか」と。それに対し、Dさんは「必要なんです。確かに事業構造の見直しを行えばここまで多くの人数は不要になるかもしれませんが、それは中長期的課題になってしまいます」と答えた。続いてベンチャー企業の人事部長Bさんが「業務を外部に出すという選択肢はあるのですか」と尋ねると、「あり得ますが、商品の質が下がってしまうという懸念があり、積極的にはやっていません」とのことだった。
現状維持か変革か、決断が必要
問題の解を見つけるのが難しいためか、各自が考え込み、しばし沈黙の時間となる。しばらくして坪谷がこう問いかけた。「マネジメントをあえて放棄するのはどうですか。つまり、簡単なマネジメントでやっていける、ある種の『型』をつくるんです」。先ほどのCさんの問いにも関係する内容である。それに対し、「事業変革の問題になってしまうので、それをやり切るのは難しい」とDさん。
満を持したように、ベンチャー企業の社長、Eさんが話し始める。「これまで通り、営業人材拡充に投資するのか、それとも、エンジニアやプログラマーに投資して事業構造を変えていくのか、どちらかを決断するしかないのではないでしょうか」
その問いに対するDさんの答えは「…差し当たっては前者でしょうね」というものだった。その顔は曇っていた。
坪谷の「ここがツボ!」
管理職に理解してもらえないことで悩んでいたDさんですが、実は自身が人事戦略を決めきれず迷っているようでした。人材マネジメントは「一貫」していなければ効果的になりません。事業として、人事として何を目指しているのか、管理職にどうあって欲しいのかを一貫性を持って伝えなければ、「売上が伸び、かつ現場がハッピーな」人材マネジメントは難しいでしょう。理解を求める前に、決める勇気が必要なのかもしれません。
参考:人材マネジメントの壺「環境に「適応」して施策が「一貫」した人材マネジメントは効果が高い」
問い③:価値観を統一せずに、従業員価値を最大化することはできるか
「中国企業を見倣え」というトップの一声
ベンチャー企業の人事部長、Bさんが出したお題はユニークなものだった。「価値観を統一せずに、従業員価値を最大化することはできるか」。価値観(バリュー)が揃った人を集め、一緒の“バス”に乗せれば事業はうまく行く。一世を風靡したビジネス書のベストセラー、『ビジョナリー・カンパニー2』はそう説くが、その真逆の内容である。Bさんいわく、「中国は個人主義の国で、個としての価値観がばらばらでも、全体で力を発揮している企業がいくつもある。それを見倣えないか」という経営トップの発言があったのだという。
まず「何もかも価値観が違うということはありえない、何か一緒のものもあるでしょう」と坪谷が問いかける。「組織の一員として、収益につながる面白い仕事を追求したいことくらいでしょうか」とBさん。
社内活性化策かダイバーシティの追求か
ベンチャー企業の役員Fさんが話し始めた。「うちは執行役員が4名いて、私を含め全員、独立して起業した経験があるんです。その4名で、今の会社を『5年後に、自分たちが入社したら絶対に辞めたいと思わない会社にしよう』と話しているんです。独立心旺盛な人材でも、辞めずに働いたほうが得で、面白いと思わせるような会社、それだけ自由度が高く、何でもできる会社、ということですね」
ベンチャー企業の社長、Eさんは「中国企業含め、トップが理想としている企業のことをもっと調べると、真意がより明確になるかもしれない」とアドバイスする。
メーカーの人事、Cさんが「こんな仕事をやりたいから、このくらいの給料がほしい、という要求も通るイメージですか」と尋ねると、「将来的にはそうしたい」とBさんはうなずいた。
「トップの狙いは価値観を統一しないことではなくて、社内の活性化なんじゃないでしょうか」と坪谷が発言すると、情報系企業の人事、Dさんも賛同した。「イノベーションを起こすためには社員の主体性を重んじ、任せることが重要です。価値観を無理に統一せずに、それぞれの主体性を十分に認める。トップはそれこそ、究極のダイバーシティ経営を目指しているのかもしれません」。
坪谷の「ここがツボ!」
「価値観を統一しない」という経営トップの言葉を実現しようとしているBさん。ところがトップの真意はどうやら企業としての価値観を放棄することではなく、社員が活性化することだったようです。効果の高い人材マネジメント(HRM)の特徴は一貫性です。そのためには、企業のミッション・経営戦略に沿って進めなければなりません。しかし、時に経営者自身も言葉にできないことがあります。人事はその真意を深く正しく理解し、現場の組織構造や外部環境の実態にあった(適応した)言葉に落としながら進む必要があるのです。
参考:人材マネジメントの壺「ミッションは使命。変わらない「一貫性」が信頼を生む」
個別特殊が共通普遍に変わるとき
予定の2時間が経ち、初回は終了となる。時刻は夜7時をまわり、仕事の疲れが身体に押し寄せる時間だが、受講生の顔は晴ればれとして、「いいヒントをもらえた」「意見交換が楽しかった」「うちのメンバーをこの場にぜひ連れてきたい」という前向きの感想が続いた。
最初は、自社には関係ない個別特殊に思えた課題も、議論を重ね深めていくうち、自社とも無縁ではない共通普遍の本質が浮かび上がってくる。その手ごたえを各自が感じているようだった。
Akatsuki 人材マネジメント講座 第1回資料
「人事担当者のみなさん、人材マネジメントとは何か、あなたならどう答えますか?」
アカツキ 人事企画室WIZ室長 坪谷邦生
4回講座の第1回目は「人材マネジメントとは何か?」という大きな問いを参加者である人事担当8名のみなさんに投げかけて始まりました。これを読んでいるあなたは、どう答えますか?
議論の場では、目標管理シートの運用、人事戦略の選択、経営トップの方針を落とし込むことなど、実践面での具体的な問いが出ました。人材マネジメントは完全な正解がない領域ではありますが、議論から見えてきたいくつかの答えを「ここがツボ!」に書かせていただきました。
私が考える人材マネジメントとは、「人事」という言葉のとおり「人をもって事をなす」です。「人」の持つ力を最大に発揮することによって、「事」のパフォーマンスを最大化するのが人材マネジメント。そのためには、ミッションに沿った「一貫性」と、そして対面での人を通じた「納得感」が必要です。
人事という仕事をやっていると日々さまざまな問題が降りかかってきます。人と事、経営と現場、長期と短期の交差点にこそ、その価値発揮の場面があるのです。こうして立ち止まって、同じ悩みを抱えて戦っている人事の方々と共に考える対話の時間は、気づきに満ちています。私自身にとってもとても気づきの多い時間となりました。それは人事が学問や理論ではなく、日々の実践の上に成り立っているダイナミックな仕事だからでしょう。
次回は、「等級」をテーマに議論します。
等級とは人材マネジメントの骨格で、その一貫性を担保する「ポリシーを具現化」したものです。
講師:坪谷 邦生
リクルートマネジメントソリューションズ社にて人事コンサルタントとして50社以上の人事制度構築・組織開発支援に携わる。アカツキに入社後、人事企画室WIZを立ち上げる。中小企業診断士。Certified ScrumMaster。
文:荻野 進介 イラスト:荒井 理江