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モバイルゲーム運営に求められるリスクマネジメントとは? アカツキ・グリー・SHIFT座談会

2021.11.15

SNSやゲーム内チャットが普及したことで、モバイルゲームのユーザーは運営サイドに意見を伝えやすくなりました。ユーザーの声を反映することが容易になった一方で、内容やバグに関わる炎上リスクも発生しているため、企業側にはリスクマネジメントが求められています。

リスクに対して、運営サイドはどのように向き合えば良いのでしょうか? この課題について意見を交換するため、アカツキ法務としてリスクマネジメントに関わる機会の多い飴野 廣人がモデレーターとなり、グリー株式会社開発本部の三枝 慧さん、株式会社SHIFTエンターテインメント事業統括部の鈴木 大空さん、アカツキ品質管理プロジェクトリーダーの坂本 智浩が、ウェビナーで議論を行いました。

この記事では、議論のなかから見えてきた各社のリスクマネジメント体制や施策についてご紹介します。

三枝 慧グリー株式会社 開発本部 Customer & Product Satisfaction部 App Reviewチーム

IT関連のプロジェクトリーダーを経て、2011年グリーに入社。 入社後は一貫してゲーム企画審査関連業務に従事。 グローバル展開に向けたオペレーション設計や新規タイトルリリース支援などに従事した後、現在はApp Reviewチームのマネージャーを務めている。

鈴木 大空株式会社SHIFT エンターテインメント事業統括部エンターテインメントアカウントマネジメントグループ

前職にて子ども向けにプログラミングやロボット工学、3Dモデリングなどを教える教室の長に従事。現在はSHIFTにおいて顧客のプロジェクト課題を解決するグループにて、課題改善提案やプロジェクト全体のマネジメントを行っている。

坂本 智浩株式会社アカツキ 品質管理 プロジェクトリーダー

ブラウザゲームやアプリゲームの運営を経て、2016年にアカツキ入社。入社後は運営タイトルの企画、プロデューサー、PMを経て、現在はゲーム運営におけるリスク改善とリスクマネジメントチームの組織運営を行っている。

飴野 廣人株式会社アカツキ 法務

社内弁護士として2016年にアカツキに入社。 現在はリスクマネジメント業務と知財業務を担当し、その一環として「ケルベロス」の発足に加わることとなる。

ゲーム運営のどこまでが守備範囲? 各社が考えるリスクマネジメントとは

各社の「コンテンツ運営に関するリスクマネジメント範囲」

ひとことに「リスクマネジメント」と言っても、事業内容や規模など、各社で方針は異なります。ウェビナーの登壇者はモバイルゲームのリスクについてどのように捉えているのでしょうか。各社の業務範囲についてくわしく見てみましょう。

イベントスライドより

坂本

リスクの担当範囲は大きく分けて2つです。上段の経営戦略、事故災害、人的被害などは、アカツキではコーポレート部門が担当しています。私たちリスクマネジメント部署で担当しているのは下段のコンテンツ運営に関するリスクです。

「法令違反」には、有料ガチャに関わる景品表示法や資金決済法、利用規約の表示が該当します。これは内容に誤りがなく、ユーザーに誤解が生じないように対策が必要です。「業界規約違反」は主にアプリ配信プラットフォーム側との取り決めに関わるものです。残る「タイトル炎上」はSNSに関わるもので、著作権侵害の防止や国内外の文化に配慮したポリティカルコレクトネスの順守、バグやサーバーダウンへの対応が求められます。

イベントスライドより

三枝

グリーでも主にゲーム事業を担当していて、景品表示法や資金決済法、アプリ配信プラットフォームのレギュレーション管理などがメインです。私が担当している審査部門のミッションは2つで、事業を守ること、付加価値向上で事業に貢献することをめざしています。

イベントスライドより

鈴木

株式会社SHIFTはアカツキやグリーとは異なり、ゲームを直接作るのではなく、ゲームを作る人を支えることに特化した企業です。両社と同様にゲーム関連の業務を担当しています。我々が提供している「SHIFT ALERT」というサービスは、アカツキのスライド下段で紹介されていた「法令違反」「業界規約違反」「タイトル炎上」を防ぐために重点的にお調べするものになっています。コンセプトは「ユーザーに安心してもらうための施策」としていて、スライドのように3段階のチェックポイントを設けてサービス実施しています。

コンテンツ運営に関わるリスクとして、各社が共通して挙げていたのは「法令違反」「業界規約違反」「タイトル炎上」の3つでした。

「法令違反」を犯してしまうと刑事的な罰が与えられ、お客様からの信頼をゆるがす可能性があります。「業界規約違反」に触れてしまった場合は提携する企業から訴えられる可能性があり、特定のプラットフォームで配信できなくなってしまうケースも。「タイトル炎上」が起きてしまうと評判が落ち、ユーザー離れが起こるだけでなく、開発・運営体制の改善を求められるケースも発生しています。

具体的な対応体制は?

これらのリスクに対応するために、各社はどのような体制を構築しているのでしょうか?まずは、アカツキ、グリーの体制から。アカツキ、グリーでは前述のようにリスクマネジメント専門の部署を設けています。

イベントスライドより

 

坂本

アカツキのリスクマネジメント部署は開発チームと運用チームのあいだに入り、発生しうるリスクを未然に防いでいます。運用チームと発生するやりとりは、ゲームの仕様やレギュレーションの確認、ガチャやセールにおける第三者検証、SNSの投稿内容確認など。開発チームとのあいだでは、リリース前のプロダクトチェックや、緊急時のフローの確認などが基本業務です。また、部署のみで判断が難しい場合は法務との連携も行なっています。

イベントスライドより

グリーもアカツキと同様にリスクマネジメントのために審査部門を設けていて、開発・運営・プロモーションチームと、特許知財・法務・CS部署の橋渡しをしています。なかでも特徴的なのが「表示検証」です。

三枝

審査部門ではセールやガチャが不当表示にならないように実際に表示される画面を見て「表示検証」を行っています。

検証というとQAの領域では?  と疑問に感じる方もいらっしゃいますが、法令に特化した体制が特徴です。QAだと仕様通りに実装されていれば問題ないとされがちですが、ここでの「表示検証」は”仕様通りだけどユーザーに誤認させてしまう”ことがないように不当表示に関する訓練を積んだスタッフで検証し品質を担保しています。

イベントスライドより

SHIFTの体制もアカツキ、グリーと共通している部分が多く、「企画チェック」では具体的には実装されるガチャのバナーに使われてはいけない画像がないかなど使われていないかなど、「QAチェック」ではお知らせに記載したことと実装内容に齟齬がないかなどを確認、サポートを行っています。

鈴木

SHIFT特有のものが、月に一度実施する「改善レポート」です。どこに課題があるのか、プランナーのオペレーションを変えたほうが良いのか、SHIFTの検知領域を広げたほうが良いのかなど、どうすれば中長期的な対策をとれるのかをレポート化し、ゲーム運営企業と話し合いの場を設けています。

アカツキ飴野は「レポートはゲーム運営をしていると、なかなか手が回らないところなので非常に頼もしい」とコメント。SHIFT鈴木さんはゲーム運営企業に所属していた経験を振り返り、「外部企業としてしがらみなく意見が言えるのは大きなメリットだと感じる」と語ります。

ガチャの表記は要注意、「誰にでも分かりやすく」を心がける

前段では各社の体制や施策について紹介しましたが、具体的にはどのようにマネジメントを行なっているのでしょうか? また、リスクマネジメントにおいて、特に注意すべき工程はあるのでしょうか?

アカツキ坂本は「ガチャの表記は要注意ポイント」だと話します。

坂本

ガチャは課金が直接関連していて、ユーザーの関心も高い。抽選方式は一般的な仕組みと同様か、ランダム性があることから賭博に抵触しないかなどを重点的に見ています。ガチャに関しては開発側もかなり意識高く気をつけていて、ガチャのほかにもランダム性を持つイベント関連にも注意しています。

三枝

グリーでも開発・運営サイドからよくある相談は、ガチャの表記や法令に関わるものです。アドバイスするなかで心がけていることは、誰が読んでも分かりやすい説明文にすること。キャンペーンやセールの説明はもちろん、ゲームに関するスキルでは「キャラクターの能力が自分に効くのか相手に効くのか?」「こんな能力だと思わなかった」など、ユーザーの誤解を生まない文章が求められます。書いてあることが正しくても、分かりづらい文章では誤解を招いてしまう。ここは特にケアすべきポイントだと考えています。

ここに捕捉する形で、SHIFTの鈴木さんは「スキル説明」「ガチャの条件表記」「開発サイドとプロモーションサイドの連携」の3点で誤解が起こりがちだと述べていました。

鈴木

今回、お聞きになっている皆さんのなかにゲームの運営をしている方がいらっしゃったら、この3点は絶対にダブルチェックをしたほうが良いです。「開発サイドとプロモーションサイドの連携」に関しては私の経験上でいうと、ユーザーにより楽しんでもらうために踏み込みすぎたプロモーションをしてしまい、温度差が生まれるために起きることもあります。

これらのミスを防ぐために、どのような対策が必要なのでしょうか。3社に共通していた施策はレギュレーションとケーススタディの作成です。

坂本

アカツキではリスク回避のために業界や社内で発生したミスのケーススタディを集計し、これを参考にレギュレーションを作成しました。さらに、他業界で起きたSNSの炎上事例を集め、分析結果を社内に共有しています。

三枝

グリーも同様にレギュレーションをもとに社内ルールを設定し、注意すべきケースは新卒や中途社員に研修しています。さらに、社内向けに景品表示法など法令を分かりやすく解説した記事を作成して社内ポータルサイトに公開することで、社員のリテラシーを高めています。

鈴木

SHIFTでは教育研修のほかに、リスクマネジメントのテストを実施。リスク事例に基づいて「このケースでは、どこにリスクがあるのか?」「ユーザーは何に反応したのか?」などの設問を作成して、教育サイクルを回しています。

リスクマネジメント部署と事業部の関わり方

リスクマネジメント部署はバックオフィス機能として、事業部と関わっていく必要がありますが、課題となるのがコミュニケーションの取り方です。モバイルゲームのリスクマネジメントは現場で何が起きているか把握しなければ進まない業務で、現場の協力がなくては成り立たちません。開発・運営チームと良い関係性を構築するために、各社はどのような施策を行っているのでしょうか?

坂本

ゲームの開発・運用プロジェクトに発見したリスクを伝える方法がすごく難しいと日々感じています。

プロジェクトの皆さんは事業の成功をめざして仕様を考えています。そのなかでは法律は制限やブレーキとしての印象が強く、遵守すれば事業としての成功になるわけではない。あくまでも法令違反をしたり、罰金を受けたりしないためのものです。プロジェクトの皆さんが事業の成功をめざすなかで、リスクマネジメントの重要性を理解してもらいながら頼ってもらう必要があるなと考えています。

アカツキのリスクマネジメントはブレーキの権限を持つのではなく、専門的なリスクの分析を受けた上で現場が判断を行うカーナビのような形になっているので、一緒に解決策を模索する立場として認識してもらえるように努力しています。

三枝

グリーの審査部門では開発・プロモーションサイドと積極的にコミュニケーションを取っており、プロダクトの定例会議にも出席し、現場の情報を吸い上げています。グリーの審査部門は承認権限という強い権限を持っているのが特徴で、審査部門がリスクがあると判断した場合にはプロダクトのリリースを止めることも可能です。しかし、基本的にはリリースを止めるということはなく「今はリスクがありますが、こう変更すればリリースできますよ」と調整を行なっています。

このようにプロダクトに対して”NO”と言えてしまう組織なので、事務的に対応してしまうとプロダクトとの距離が生まれてしまうため、極力柔軟に、どうすればプロダクトに貢献できるかを常に考えて行動しています

鈴木

「これはリスクがありますよ」と開発チームに指摘しても、デベロッパーからGOサインが出て実装したところ炎上してしまうケースなど、SHIFTには外部監査機関としての難しさもあります。開発チームから敬遠されてしまうと悪循環が生まれてしまうため、良い関係性を築くためにクライアントと対話を繰り返し、企画書や仕様書から開発・運営チームがやりたいことを汲み取っています。

各社に共通していた対策は「開発・運営チームと徹底的に対話すること」でしたが、リスク管理のなかで課題感も感じているようです。

坂本

リスクを未然に防いだ事案のなかには、稀に当事者が「問題がある」と自覚していないケースもありました。リスク対応の工数やコストは、発生前は少なく、発生後は多くなりがちです。工数やコストを削減するためにリスク教育を徹底して、無自覚なリスク発生を防ぎたいと思っています。

SHIFT鈴木さんも「今まで約100案件を担当させてもらうなかで、意図的にリスクを生み出しているケースはないです。そのため、“これがリスクになり得ます”と啓蒙することが重要です」と語っていました。

担当者が「まさか炎上するとは思わなかった」と無自覚だったケースも多いため、社員ひとり一人のリスクリテラシーのアップデートが求められています。

海外展開が進むなか、モバイルゲーム業界に求められるリスクマネジメントとは?

ウェビナーは最後の議題「これからのモバイルゲームビジネスに必要なリスクマネジメントとは?」に移りました。今後、業界ではどのようなリスクマネジメントが求められているのでしょうか?

各社が注目していたのは、「ユーザー側のリテラシーの成熟」と「海外展開」です。アカツキ坂本とグリー三枝さんは、「モバイルゲーム市場が成熟しており、ユーザー側に法令にも詳しい人が現れている」と話しました。利用者の目が厳しくなるなか、運営企業にはよりいっそうのリテラシーと対策が求められています。

海外展開は近年モバイルゲーム業界が積極的に取り組んでいる施策です。海外ではモバイルゲームに対する法規制やプラットホームの規約が異なり、国内とは違う対応が求められます。また、各国の文化に配慮して、配信する国や地域の文化に対応した表現が必要です。

近年ではLGBTQや人種、信仰に関わる表現でタイトルが炎上するケースも増えています。ユーザーが不快に感じないよう、より繊細なゲーム表現が求められているのです。

モバイルゲーム業界の発展のために業界各社が手を取り合い、リスクに備える

リスクマネジメントは対策してもすぐに売り上げに直結するわけではなく、数値による検証がしづらい業務です。一方で対策を怠ると、リスクが発生した際に多大なコストが発生してしまいます。

これに対応するため、SHIFT鈴木さんは「モバイルゲーム業界を横断して企業同士が手を組み、第三者が監査を行う体制づくりができれば」と話していました。

モバイルゲーム産業は新興で法令整備が十分とは言えません。業界各社がリスク発生事例を持ち寄り、対策を議論すれば、ユーザーと企業の双方に有益な環境が実現できるはず。

アカツキもモバイルゲームの一角を担う企業として、業界のリスクマネジメント対策に貢献していきます。

文:鈴木 雅矩 編集:大島 未琴