『八月のシンデレラナイン』7年半の感謝を込めた、プロデューサー陣の想い
2024.12.17
2017年6月27日に提供を開始した、野球型青春体験ゲーム『八月のシンデレラナイン(以下、ハチナイ)』。2024年12月17日に、メインストーリー最終回の更新をもってサービスを終了することとなりました。
サービス終了を発表した日のYouTubeライブ「ハチ生」の最終回では、「現実世界と同じようにゲームの世界の時間も経過してゆく中で、胸を張れる終わりにしたい」、「サービス終了という事務的な言葉ではなく”最終回”という言葉で表現したい」とプロデューサーの山口は語り、ファンのみなさんからたくさんのあたたかい声をいただきました。
『ハチナイ』最後のインタビュー。これまでの歴史と『ハチナイ』への想いについて、プロデューサーの山口と後藤に話を聞きました。
山口 修平 Shuhei Yamaguchi株式会社アカツキゲームス 執行役員 /『八月のシンデレラナイン』エグゼクティブプロデューサー
大手ゲーム開発企業に新卒入社後、国民的RPGシリーズのコアメンバーとして活躍。2014年アカツキに入社。トップセールスを記録した複数の著名IPタイトルや、『八月のシンデレラナイン』『TRIBE NINE(トライブナイン)』のプロデューサーを歴任。2022年よりアカツキゲームス執行役員に就任。
後藤 ヨシアキ Yoshiaki Goto株式会社アカツキゲームス『八月のシンデレラナイン』プロデューサー/マーケター
2016年アカツキ入社。『八月のシンデレラナイン』プロジェクトの企画立ち上げ期からマーケティングを担当し、アニメ・ドラマ・マンガに加え、コラボ企画や楽曲制作、リアルイベントなどのメディアミックスを統括。
ファンと運営が想いを伝えあい、あたたかな空気で幕を閉じることができた
ー『ハチナイ』が物語の最終回を迎えようとしています。終了を発表した日にお送りしたYouTubeライブ「ハチ生」の最終回でもたくさんの反応をいただきましたが、今の率直なお気持ちを聞かせていただけますか?
山口 惜しんでくださる声や、残念だと言っていただける声がとても多かったので、素直に嬉しかったです。「ハチ生」も楽しんでいただけていたようで良かったなと思っています。
後藤 生放送の台本を書きながら、当日は厳しいお声をいただくかもなぁ…と覚悟していたんですが、それが本当に少なかったことにとても驚きました。やはり運営終了には憤りを感じる方もいると思うので、「こんなあたたかい終活を迎えることができるなんて幸せだ」というのが最初の印象でした。
山口 「ハチ生」ではどんな反応を受けるのか緊張しましたが、「どのような考えで終了するのか」という僕たちの想いをしっかり伝えられたと思っています。ファンのみなさんもその考えに納得してくださったからこそ、良い終わり方を迎えられたんだと感じます。
後藤 そうですね。「ハチ生」最終回でも「わかちあい」というキーワードを設けていました。これはアカツキに根付いている”感情を共有しあう文化”にも通じるのですが、運営やプロデューサー、声優さんの想いを伝え、それを受けたユーザーのみなさんからコメントをいただき、さらにそれに対して反応する、という輪ができていました。互いの気持ちをわかちあえたからこそ、あたたかい空気感に繋がったと思います。
ーオフライン版には、ファンのみなさんからも喜びの声をたくさんいただきました。
後藤 私たちは「『ハチナイ』は終わらない」という価値観を強く持っていました。オフライン版というと「ストーリーだけは読める」といった形で作品を残していくのが一般的だと思いますが、運営都合で終了するお詫びという位置付けを超えて、未来永劫『ハチナイ』をファンのみなさんに楽しんでいただくために、ストーリーはもちろん、試合もスカウトもできる限り引き継ぐことで、「もしハチナイが買い切りゲームだったら…」という形を可能な限り目指して作りました。結果、こうしてファンのみなさんに喜んでいただけて本当に嬉しいです。
ファンのみなさんと一緒に作る『ハチナイ』。イベントで信頼関係とファンコミュニティを育む
ーファンのみなさんからたくさんのあたたかい声をいただきましたが、これまでの歴史の中でどのように関係を育まれてきたのでしょうか?
山口 前提として、クリエイターの創造性に委ねる部分の大きい買い切りゲームとは違って、「ユーザーの声を聞いて反映する」のが運営ゲームの作り方だと考えています。なので、ファンのみなさんは『ハチナイ』を一緒に作っていく仲間のような存在でしたね。
後藤 そうですね。そういった関係性を築くために「対話ができる運営だ」と感じてもらうことも意識していました。例えばゲームに不満があったとしても、運営と対話して改善につながれば、信頼感は強まるのではないかと思います。大規模タイトルではないからこそ、目の前のファンのみなさんとのコミュニケーションを強く意識してきました。
山口 みなさんとの接点を増やすためにも、リリース当初から運営の顔が見える形でイベントや生放送にも積極的に参加しました。
後藤 「このプロデューサーに言えば自分の声が届く」という信頼関係を、山口はじめ運営メンバーとファンのみなさんで築いて来れたんじゃないかなと思います。コミケに参加させていただくと山口と「写真を撮りたい」と言ってくださるファンの方もたくさんいらっしゃいました。
▲2017年12月のコミックマーケット93で手作りケースにお菓子を詰めてお配りした際の写真。ファンのみなさんが一緒に写真を撮ってくださいました
ーイベントも大切な場所になっていたんですね。これまでたくさんのイベントを実施されてきましたが、どのように作りあげられていたのでしょうか?
山口 最初の頃はかなり手作り感がありましたけど、『ハチナイ』を立ち上げた頃は「運営とファンの距離が近いこと」がゲーム運営の主流になりつつありました。僕たちは「どこよりもコミュニケーション量を増やし、リアルイベントでコミュニティを大きくしよう」と常に考えていたので、イベントはすごく大切にしていましたね。コンテンツの面白さにも自信がありました。
後藤 ファンのみなさん同士のコミュニティが育っていく場でもありました。イベントで隣になった人と話すことで、「SNSでしか繋がっていなかった友達」から「リアルで繋がった友達」に変化し、ファン同士の関係性が深まってリアルなコミュニティができていきます。
例えば「ファン感謝デー」では、名札をつけた”結婚式スタイル”でファンのみなさんに着席いただくことで、「SNSで話していた〇〇さんですか」いう会話が生まれたり、一緒にクイズに参加して新たに知り合いができたりしていました。それぞれのイベントでファンのみなさんがつながり、コミュニティが生まれていったのは私たちとしても嬉しい光景でした。
山口 その集大成が「ハチサマ」ライブですね。何千人という人が集まって、徐々に規模も大きくなっていきました。
後藤 そうですね。「ハチサマ」では、声優さんによる楽曲ライブに留まらず、グッズ販売やファンのみなさん同士でお話して食事をしたりと普段とはまた違った楽しみ方がありました。また、新コンテンツを発表することでライブ後にゲームがアクティブになったりと、『ハチナイ』のすべての体験が詰まっていました。
山口 リアルでのコミュニティができると、誘い合ってイベントに行くなど、『ハチナイ』がお出かけのきっかけになりますよね。東京駅にもつ焼き屋さんがあったんですが、イベント後にファンのみなさんが打ち上げをしていて。
後藤 ありましたね。お店のスタッフの方がファンでいてくださって、遠方のファンの方が上京する際に集まっていたとか。今そのお店はなくなってしまいましたが、そうした交流が自然と生まれる様子はとても感慨深かったです。
ゲームだけではない総合体験。すべてのメディアで『ハチナイ』に浸る
ーイベントだけでなくアニメや小説などメディアミックス展開も豊富ですが、どのような狙いがあったのでしょうか?
山口 『ハチナイ』の物語は、ゲームだけでなくイベント・アニメ・小説の内容も込みで設計してきました。例えば小説だと、1巻かけて新キャラを主人公とした深みのある話が展開されます。どんなキャラか理解し好きになってもらった状態でゲームに登場するので、より感情移入できる楽しみが生まれます。メディアを行き来する循環を常に意識して設計し、ファンのみなさんに楽しんでもらう、という勝負を続けてきました。
後藤 もちろん、ゲームを遊ぶだけでも不足なく世界観を理解して楽しめる設計にはしています。さらに深く知りたいと思ったときに他のメディアにも触れることができるので、コアなファンのみなさんにも楽しみを届け続けることができていたと思います。
ーアニメから好きになってくださったファンの方も多いと聞きました。
後藤 ものすごく多かったですね。アニメで好きになってくれた方は、アニメが終わってからも長くゲームを遊んでくれていた印象です。
山口 アニメのシナリオはものすごく緻密に構成されていて、同じことをもう一度やれと言われてもできないですね。1クール12話という短い時間の中で、12人のキャラクターを満遍なくしっかり登場させつつ満足感のある物語を作れたというのは、ある種の奇跡だと思っています。
後藤 アニメでは一部ゲームと設定が変わってしまう部分もあったんですが、”ifルート”のような感覚で楽しんでいただけていたので、設定の違いを理由にファンの方が離れていくこともほとんどありませんでした。世界観に浸って魅力を感じていただいていたからこそだと思います。
ー少し違った体験として、エイプリルフールや予想外のコラボも風物詩となって愛されてきたと思います。どんなこだわりがありましたか?
山口 他タイトルで「エイプリルフール用にゲームを1個作っちゃいました」といった大規模なものも見かけますが、僕たちの運営規模ではどうしても難しい。悔しいので、「アイデアでは負けないぞ」という反骨精神が始まりです。アイデアはもちろん、これから流行る素晴らしいコンテンツを見つけるセンスの勝負でもありました。実際、2018年の『キズナアイ』コラボをはじめ様々なコラボで流行の先取りができて、みなさんに楽しんでいただいていたと思います。
後藤 ただ、一番流行っている時期ではないので、新規ファン獲得を最大限に狙えないという悩みもありましたね(笑)。ただ、既存ファンのみなさんに「先物買いのセンス」を感じてもらうことで、運営を信頼していただけたらという淡い期待もあったかもしれません。
山口 僕たちは実は、エイプリルフールに一度も嘘をついたことはないんですよ(笑)。コラボの後にしっかりスカウトに登場してもらっています。勿体無いので(笑)。
後藤 エイプリルフールに使った機能はその後のゲームにも活用する工夫もしていました。例えば2018年4月の『キズナアイ』コラボでは、バーチャルYouTuberの『キズナアイ』さんにハッキングされたという立て付けでちびキャラがゲーム内を走り回る演出がありましたが、この機能は今でも各選手の誕生日イベントなどで活躍しています。
▲『キズナアイ』さんは、エイプリルフールのあとゲーム内にも登場しました
一貫した「青春体験」という世界観こそが、ファンを魅了している
ーたくさんの方に愛された『ハチナイ』の、軸となる世界観はどのように生まれたのでしょうか?
山口 はじまりは「女子高生が野球で甲子園を目指す」というテーマでした。甲子園は、高校球児にとって憧れの舞台です。ハチナイの企画立ち上げ当時、本来、甲子園の土を踏むのに、男女の垣根は必要ないはずですが、女性が、選手としてはもちろんマネージャーであっても甲子園のグラウンドに立つことが難しいという時代がありました。「そんな状況をひっくり返そうとする女子高校生の物語」は見応えがあるのでは、と考えたことがきっかけです。
そして、そこに「青春」というエッセンスを足したのが『ハチナイ』です。野球に限らず、部活や学校生活で楽しかったり苦い想いをしたり、何かしらの青春体験を誰しも共通して持っていますよね。そういった青春体験に根差した世界観を作り、すべてその世界観を踏襲して運営してきました。青春はIPだと思っています。
後藤 青春の切り口も意識していましたね。例えば成功して勝って嬉しい青春と、負けて悔しい青春がありますし、負けたときを取っても、気持ちを次に向ける人と自分のせいだと落ち込む人と、そんな状態の友人を鼓舞する人がいます。他にも、文化祭にバレンタイン、みんなで海でバイトをする、など学生イベントも全部が青春です。長期間運営する間も青春という軸からずれることがないよう、『ハチナイ』のすべてにおいて、何かしらの青春体験を狙って設計してきました。
ーということは、メディアミックスやイベント体験も青春体験の世界観のもとに作り込まれていたんですね。
山口 そうですね。例えば『ハチナイ』にはたくさんの楽曲がありますが、どの曲も『ハチナイ』らしさである青春体験に徹底的にこだわっていました。量産ができないので、制作にはとても時間がかかりました。
「ハチサマ」もそうです。ライブといえば曲を楽しむ場所ですが、僕たちはそこに「青春体験を感じる」というコンセプトを持ち込むことで、オリジナリティを強く出せていたと思います。「ハチサマ」ではいつもリリックビデオを投影していたんですが、自分自身がライブに行って「歌詞がわからないからなんか入り込めないな」という体験から、歌詞表示をするようにしていました。
後藤 歌詞を知らなくても文字で見えることで浸透しますよね。青春フレイバーを、文字で見て、音で聞いて浴びることができます。徹底的にこだわってディレクションしましたので、歌詞が青春体験を増幅してくれていると嬉しいです。ただ、ここだけのお話…通常業務に加えてハチサマのコンテンツ側とビジネス側を担当していたあの頃には戻れる気がしないです。キツかった部活のような思い出です(笑)。
ーちなみに、お二人の好きな曲はなんでしょうか?
山口 「Summer Soul…」です。歌詞も音楽も良くて、個人的には紅白も狙えるくらいの名曲だと思っています。青春のすべてが詰まっていますね。
後藤 私は制作にあまりにも深く関わっていたので、1曲を選ぶことはできないです(笑)。冷静に見られない。全ての曲が子供のようです。
トレンドの影響もあり、初見ではアップテンポな楽曲が人気な傾向がありましたね。ただ様々な青春の切り口に合わせて歌詞を書いているため、徐々に沁みる雰囲気の楽曲の支持も高まったりしたので、きっとみなさんの好きな青春に当てはまる曲があると思います。
山口 「Summer Soul…」はスローテンポな曲ですが、僕の好きな青春に刺さっているんだと思います。特にカバーアルバムは「僕が青春時代に聞いたこんな感じの曲にしてほしい」といったセレクトになっていて、それが如実に出ていますね(笑)。
ー野球ゲームとしてのこだわりについてもお聞きしたいです。
山口 最初はあくまで「青春体験をしてもらうこと」を目的として作ったゲームだったので、野球を知らないと面白くないゲームにはしたくなかったんです。ただ、野球としてのリアリティが上がることで物語の説得力も上がりますから、しっかり野球ゲームを作るべきだと考えてきました。
後藤 運営にも「野球やってたんです」というメンバーが自然と集まってきましたね。シナリオやデザイン、マーケティングなど幅広く野球経験者が集まったことで、野球への説得力はより強固になりました。とはいえ、ファンのみなさんが最終的に魅力を感じてくれているのは青春体験の部分だと思います。野球ゲームに興味があって遊び始めていたとしても、「青春ゲーム」であることを楽しみに遊んでくださっている方が、今も遊び続けてくださっているファンのみなさんだと思っています。
運営そのものが青春だった。またいつか、青春体験を届けたい
ー最後に、『ハチナイ』を作ってきた経験がお二人の今後にどう繋がっていくか、お聞かせください。
山口 そうですね。「青春もの」を作ったというのはひとつ、自分のクリエイターとしてのカラーにしたいなと思っています。「青春」というテーマによって世界観がパワーアップしたのは確かですが、このテーマは僕が好きなものなんです。ずっと青春に留まっていたいのかな、精神性が子供なのかもしれない(笑)。
後藤 私は、運営をしながら青春ができてすごく楽しかったです。青春ゲームにナレッジがある会社というわけではなかったので、運営当初はないものだらけだったことも大きいですね。チームみんなが手探りで必死に作っていたので、「青春体験型ゲームを運営していく過程で青春を体験できた」という気持ちです。
山口 僕たちが面白いと信じて作る『ハチナイ』を、ファンのみなさんも面白いと思って遊び続けてくれた。そういう方たちと一緒に『ハチナイ』を運営できたことがとても楽しかったです。
またいつか、『ハチナイ』なのかまた別のものなのかはわかりませんが、「青春」というテーマで何か作りたいですね。
後藤 次に青春テーマでやるときは、ぜひご一緒させてください。「きっと私が必要になる」って思ってます。
山口 熱い(笑)。「青春」ですね!