VOICE Akatsukiエンターテインメントで未来を振動させる、アカツキのWebマガジン

SHINES

らしく生きる人。 ーなぜ人事企画社員が、畑違いの「釣りアプリ」を開発したのか?ー

2018.06.22

自分らしく生きる人は、熱量が高い。

その熱は伝播し、人々の心を強く震わせる。熱は誰かを鼓舞し、時には優しく包み込む。

VOICEの、このSHINEというコーナーの企画として、時代や社会が求めるものとアカツキの交点を探っていく中、「いかに自分らしく生きて、働くか」にフォーカスしてみたいと考えるようになりました。

「どうしてそれをするの?」「なんのため?」「それは、自分らしい?」「アカツキらしい?」。CEO 塩田をはじめ、皆がごく自然に問いを繰り返す。これが私たちの日常です。アカツキは、一人ひとりの「自分らしさ」で創られています。

自分らしさは力。

「こうなりたい」「大切」「大好き!」。その想いは生きる上でとても大切なこと。仕事、副業、趣味などと区別してきた時代から、ボーダレスな時代へと変わりつつあります。

ー自分らしく生きる人の熱が、この世界を色づけ、輝きで満たしてゆくー

このシリーズでは、「自分らしく生きる人、生きようとしている人」を紹介していきます。

人事企画社員が「釣りアプリ開発」の、なぜ?

「小能さんって人事企画だけど釣りのiPhoneアプリを開発したんだって」と社内でも話題ですが、釣り好きが高じてとうとうアプリまで作ってしまったんですか?

釣りは小学生以来の趣味なんですが、去年は「1年で100魚種を釣り歩く!」なんて宣言をして、それを無事達成したところでした。さて、次は何しようかな、2020年にあわせて釣りのオリンピックをやりたいなあ…と思っていた矢先、社内で「ARコンペ」があったので「ARの技術を活用して、魚釣りのオリンピックみたいなものを開きたい」と高らかに宣言して提案した結果、なんと40案ほどの企画の中から選ばれまして。ありがたいことに釣りアプリ『Fish Record AR』を今年1月にリリースすることができました。まさか人事の仕事をしながら、会社で釣りの仕事に関われるとは…垣根を越えてアプリ開発ができたのも、所属の縛りなくコンペに参加できたからこそ。これも巡り合わせなんだなぁと感じています。

人事企画室「WIZ」の仲間たちと

 

小能さんの釣り魂が込められたアプリなんですね。アカツキのスマホゲームの技術とAR(拡張現実)技術がしっかり活かされていると聞いていますが、どうやって開発を?

社内のあらゆる部署のメンバーたちとチームを組みました。人事企画の仕事とかけもちしながら3ヶ月で開発し、アプリリリースにこぎつけました。『Fish Record AR』はリアルな釣りシーンでAR技術を使って、釣った魚をその場で計測できるアプリ。ランキング機能もあるので、身近なスマホで世界中の見知らぬ釣り好きたちと、魚種別に釣果を比べ合って楽しんでもらえたらうれしいです。

人事企画の仕事をしながら開発した『Fish Record AR』。釣ったその場で魚のサイズを計測。さらにランキングにも参加できるという

登録すると魚種別で上位にランクイン「やった!」

確かに、ランキング機能が盛り上がればアプリで釣りの世界大会も夢じゃないですね! ところで、小能さんは人事企画チームではどんな仕事をしているんですか。

僕の一番大事なミッションは、人事企画室「WIZ」のHEARTFUL領域のリーダーとしてアカツキらしさを未来へとつなげることです。たとえば、毎日行なっている全社朝会の企画や運営を担当しています。朝一番に社員みんなが集まって、24時間以内にあった新しい発見や楽しかったことを話す習慣作りです。それから、「緊急でないが重要なこと」に向き合うアカツキ合宿の企画運営もしています。

朝会では、小能さんの明るい司会にいつも元気をもらえます。そして、名物の合宿は「アカツキらしさ」「自分らしさ」に向き合える濃い場所ですよね。毎回勇気づけられて新たな意欲が湧いてくる場で、私はとても好きです。仕事が忙しくても、参加してよかったって思えるので。

そう言ってもらえると、とてもうれしいです!

合宿は、全正社員の仕事を1日止めて行ないますが、「アカツキらしさ」「自分らしさ」になどついて、丸1日話し合ったりします。アカツキは「緊急ではないが重要なこと」として、働く人やチームに投資すると決めているので、こうした施策を思いきり開催できます。これは本当に恵まれているなと思います。

それだけに、合宿が本当に価値ある場になるのかという不安も毎回あるのですが、いざ始まってアカツキメンバーのエネルギーにふれた時、会場中に熱量がほとばしり、気づきが深まったと感じられた時、あるいは心から笑い合ったりする時。そんな瞬間が生まれると本当に報われますね。

青臭いこと言ってますが、すべてうまくいく訳じゃなくて、厳しいフィードバックだってあります。そんな時は「組織に対する期待の現れなんだ」と理解するようにしています。防衛したくなる気持ちを抑えつつ、再びチャレンジする日々です。

この仕事をアカツキ流に表現すると「らしさの種まき」だと思っています。知識や体験の種をまき、わかちあいの場から、それぞれのらしさの芽が開いていく。それが源泉になって、カラフルな価値がアカツキから世の中へと生まれ出ていく。そんな理想を現実にしたくて、日々試行錯誤しながら動いています。

出だしから、すでに小能さんの熱がビシビシ伝わってきました。

小能さんと父。釣り好きの祖父と父の影響で始め、いつしか一人で出かけるように

 

小学生の頃に祖父と父の手ほどきで始めました。地元の大阪で、父にもらった地図を見ては目星をつけて川や公園、野池、時には渓流釣りに。自転車で1時間半ぐらいのところなら、どこへでも行きました。祖父には「あそこでは、この仕掛けで釣れたぞ」なんてアドバイスをもらって。とにかく毎週出かけました。コイ、フナ、カメ、ナマズ、ウナギ…釣れるたびに目を輝かせていましたね。

朝4時に友達と集合して自転車を飛ばし、ブラックバスの年間本数を競い合ったことも懐かしい思い出です。淀川でハゼ釣り大会も。だけど釣りだけじゃなく、小学生らしく友達とドラクエやポケモンとかゲームやったり、週末は少年野球もしていました。その中で、とりわけ、釣りは僕の「リアルなRPG」で、まさに冒険の旅でした。

少年時代の釣りは冒険そのもの。「リアルなRPGだった」

 

まるで映画「スタンドバイミー」みたい。ワクワクが詰まった少年時代でしたね。

祖母の家が長崎県の度島(たくしま)にあって、そこで従兄弟と釣りをしたり。わが家は昔から「元旦は必ず鯛を食べるんだ」って、おじいちゃんが年の瀬に釣ってきてくれたり。その真鯛を新鮮なうちにおばあちゃんが塩釜焼きにしてくれたのも懐かしい思い出です。

おいしそう!無性に魚が食べたくなってきました!

アカツキでも、初めての人を連れて月1くらいで釣りに行っているので、都合がつくときがあればぜひ!楽しいですよ〜。来週は金目鯛を狙って三浦半島での船釣りを企画しています。仲間とつながれるし、いくつになっても冒険気分が味わえますよ!(笑顔)

じゃあ、小学生からずーっと釣りを?

高校・大学ではほとんど釣りはしていなかったですね。 上京して就職4年目におじいちゃんが亡くなったのが再開のきっかけでした。葬式の帰りの新幹線で「そういや昔、おじいちゃんと釣りに行ったなぁ」と思い出して。東京に着いてすぐ、22時ごろTSUTAYAで釣り雑誌を買って帰ったんですけど、調べてみたら東京でもこんなに魚が釣れるんだ!と驚いた。しかも電車で行けるんだ!って。翌朝7時には久里浜で釣りをしている僕がいました。

祖父との思い出から、釣りを再開(後列左:祖父、前列右:小能さん)

 

釣りとの再会。どんな気持ちでしたか?

初めて船釣りをしたんです。「小学生の頃にテレビで見て憧れていた船釣りを、初めて自分のお金でしてるんだ!」って、夢みたいでしたね。釣った魚の料理もYouTubeを見ながら、見よう見まねで。新しい扉を開いた感覚で、とてもワクワクして楽しかった。

子どもの頃憧れた船釣りも、今は仲間たちと楽しんでいる

「魚釣り=自分らしさ」だと、仲間の笑顔で気づく。

若さで足りない分のキャリアは、プライベートで貪欲に積んだ

 

会社員&楽しい釣り人生活のスタートでハッピーに?

いえ、そう簡単には。前職のマーケティング・リサーチの会社では最初の2年半が広報、後半は営業として5年間働いたのですが、それこそ日夜働き、さまざまな業界のマーケティングにふれました。仕事は面白かったけれど、データ提供だけでなく”創る側に”まわりたいという思いが元々あって、28歳の頃には次のステージを真剣に考えるようになりました。だけど、希望する企画職につくにはキャリアも必要だった。そこで、まずはシェアハウスに転居して付き合う人の幅を広げ、プライベートでやりたいことにどんどんチャレンジできる環境をつくりました。出会った仲間たちと夜中25時から会議したりして、知力・体力・共感力を競う、SNS連動型の大人の運動会や、1日だけの日本料理店など、イベントを企画して“創る”経験を重ねていきました。

シェアハウスで夜中の企画会議ですか!どんなイベントが好評でしたか? 

それが、意外なことに手の込んだイベントよりも釣りが人気だったんです。一緒に釣りに行って、自分が釣った魚をおいしく食べる。シンプルに「釣りに行って食べる」ということに対する反響がめちゃくちゃ高かったんです。SNSにみんなで食べてる写真をアップすると「食べてみたい!」「行ってみたーい!」って。参加してくれる人も一番喜んでくれるのが釣りだったんです。それで、いつの間にか僕は“釣りの人”になっていたんです。それも反応してくれる7割は女性でした(笑)。

ビギナーのために釣り場探しから船の手配、案内まで務めることも

「東京から電車で行ける冒険の旅もある。その楽しさに出会ってほしい」

「出会ってよかった」の言葉を主食に生きている

「小能さんの話を聞いていたら自分も釣ってみたくなって」と参加する人も多い

 

みんなの喜ぶ顔が、小能さんらしい生き方を深めていったようですね。そういう体験は以前にもあったのでしょうか。

中学3年生で高校受験を控えていた頃、父が病気にかかって入院しました。当時、担任の先生と仲が良くて「勉強が苦手な同級生たちを見てやってくれ」と頼まれて。教えることが好きだったので、放課後は彼らと勉強し、終わったら一緒に鬼ごっこをして遊んでと、オンオフ共に過ごしていました。

自分の受験勉強は、朝4時からやっていた釣り時間を当てました。学校では同級生の点数が伸びるのがうれしかったし、遊びの時間もとれていたから特段苦しんでいる訳じゃなかったけれど、周囲の人たちには「逆境にも負けずまっすぐに頑張っている子だ」と映っているらしいと知った時、少し驚きました。自分の姿が他の人に生きる勇気を与えたり、影響を与えることがあるんだ。それって、うれしいことなんだなと感じた原体験でした。

小能さんは普段、苦労話などしないので、こういう話題は初めてですね。たぶんその頃も悲観的にならず、ひたむきだった。それが周りの人の心を震わせたのではないでしょうか。

自分にとっては、これが普通の毎日だったんです。僕と一緒に仕事とかプロジェクトやったことがある人はわかると思いますが、おっちょこちょいですし、未だにできないことだらけです…。

そして、釣りもまあまあハードなんです(笑)。深夜と早朝の間くらいに起床して、一日中カンカン照りの下で動き回って、魚を持ち帰ってさばいて食べて。最後に片付けをして気づいたら24時間動きっぱなし!!なんてこともザラで、身体的にはかなり負担。

でもやめられないのは、命あるものをいただくありがたみとか、自然と対峙する感覚とか、宝探しの感覚とか、生を感じる体験にあふれているから。試行錯誤の上で釣れた魚をいただくときの喜びって、「思い出プレミアム」みたいなのが乗ってて本当に美味しいんですよね。疲労もあいまって、味覚とともに、色んな感情がじわっと広がります。

そして、何よりも「釣れた!」ってハイタッチする瞬間だったり、今日の釣りを振り返りながらみんなで「おいしいね」「今日は来てよかった!」っておしゃべりしながら食べてる瞬間だったり、自分がいいなって思っているものが誰かの心に届いた瞬間、ものすごい幸福度が増すんですよね。

プラスのエネルギーは、届けた時に減るんじゃなくて、自分の中でも増えるんですよね。僕は、その感覚が大好きで、それを求めて心が喜ぶことをやっているんだと。中学生の時から「出会ってよかった」、「今日一緒にいられてよかった」っていう言葉を主食にして生きている人間だなって思っています(笑)

誰かの言葉が命の糧に…すてきですね。では、「自分らしさって何だろう」という人がいたら、アドバイスはありますか?

「自分の心が喜び、誰かが喜ぶこと」をとりあえずやってみるのがいいかもしれません。

僕の場合は「苦しい時ほど、誰かを満たせると、生きるエネルギーが湧いてくる」という気づきだった。人事企画の仕事も釣りも、「興奮」「感動できる日々」「気づきにあふれる日々」などを届ける点では同じ。心が喜ぶことをしながら価値を出していく。その結果さらに自分のエネルギー量が上がっていく。それが僕にとっての自分らしい生き方なんだと思います。

例えば、「自分がピカン!とくるもの」。家族愛っていいな!とか、朝活したいな!とか、モヤモヤを分かち合う場を作りたいな!とか。個性が光る運動会したいな!でも何でもいい。自分がいいなって思うものがあったら、それを表現しようと動いてみる。まず発言してみる。たとえ小さなことでも、自分がいいなと思うことをやり続けた先に、らしさがあぶりでてくるのではないでしょうか。ただ、僕は「らしさ」って言葉に惑わされずに、自分の心が喜び、同時に誰かの喜びにつながるものを磨き続けていきたいなって思っています。

PROFILE

Takumi Onoh 小能 拓己

1984年12月 大阪府豊中市に生まれる。3人兄弟の長男。
神戸大学国際文化学部にて非言語コミュニケーションを学ぶ。2009年マーケティングリサーチ企業に入社。2014年アカツキ入社。
現在人事企画チームWIZに所属。2018年1月 自ら企画したiPhoneアプリ『Fish Record AR』をリリース。

撮影:大本 賢児 インタビュー・編集:坂井 朋子