「世界最高峰エベレストへ!」人生をとことん楽しむ、アカツキCTOの生き方
2018.08.09
アカツキでは「自分らしさは力」だと考えています。
自分らしく生きる源泉は、「大好き!」「大切」「こうなりたい」という気持ちです。
働く一人ひとりの「自分らしさ」は、世界をもっとワクワクする場所へとぬり変えていくエネルギーに変換されていきます。
だから私たちは、自分らしく働き、遊び、生きよう。
自分たちのハートで、この世界を色づけ、輝きで満たそう。
そんな私たちの思いを伝えるために、SHINE=シャインでは、アカツキの「自分らしく生きる人」をご紹介します。
今回は、アカツキCTO(最高技術責任者)の田中 勇輔にインタビュー。今年6月に1人で挑戦したというモンブラン登山の話や、生き方について聞きました。
1人でヨーロッパアルプス最高峰に登頂
登頂おめでとうございます!モンブランは、どんな山でしたか?
美しい草原や、澄み渡る空気に満たされた雪原、眺望がガラリと変わってスリリングな落石地帯や岩場の急登もあり、さらに雪を抱いたナイフリッジまで、バリエーションに富んだコースで、とても良い山でした!!
初の海外遠征にも関わらず、1人で4,000m級の山に挑戦した理由は?
いえ、これは狙ったわけではないんです。当初は登山ガイドを依頼して登る予定だったのですが、山小屋の空きが1人分しかなかったためガイドをお願いできず、僕1人での山行を決めました。
やむを得ない理由でのソロ山行になったのですね。苦労も多かったのでは?
特に問題はありませんでした。僕の登山は、事前にルートの所要時間を予想し、安全係数をかけた上でスケジュールを策定します。その上で、各チェックポイントで常にチェックしてクリアできていれば大丈夫。つまり、計画が大事という話です。ただ、想定外の変更もありました。ベルビューからニ・デーグルへのルートで登山電車が動いていないことが前日になってわかったため、計画を見直しました。
山行をしっかり計算した上でプランニングしていたから、想定外のことにも「冷静に見直す」ということができたのですね
当日の目的地であるグーテ小屋到着が当初予定より1時間くらいのビハインドで収まると見積もれたので「大丈夫だな」と思いました。
標高4810.9mのモンブランで気づいたことは ?
僕の場合、4,200m以上に入ってから相当辛いなぁと思いました。鬼門だった。それ以降の山頂までの辛さは、ほぼ変わりませんでした。10歩あるくと、もうゼーゼーする。足を踏み出すのが辛くて。ピーク目指して登っている途中に100回は「しんどい」ってつぶやいたし、10回は「帰りたい!」って思いましたよ。何が辛いって、とにかく「距離」でした。
高度は問題になりませんでしたか?
高度順応しない「アルパインスタイル」で登ったのですが、よく聞く「頭が痛い」はなかったですね。ただ、酸素が薄い中どんどん歩けるかという点では、辛かった。事前リサーチでは、本格的な登山者にとってモンブランはそれほど難易度は高くないものの、アルパインスタイルの場合は上級者の体力を要するということでした。登ってみると、本当にそうだと実感しました。同時に体力のなさも痛感しました(笑)
田中さんにとって、登山の最大の楽しみは何ですか?
登山は楽しいよりも苦しいことが多いけれど、未知のものに出会う楽しみがあるから登ります。見たことない景色を見るのは楽しいし、 見たことない岩がめちゃくちゃ落ちてくるところとか、見たことない雪山が広がる光景とか、そういうのが好きです。
全知全能になりたかった少年時代
田中さんはアカツキ登山部の部長ですね。初めての冒険は?
18歳の時に行った屋久島ですね。「14歳」という小説で、東京の引きこもりの学生がヒッチハイクで屋久島に行って人生観が変わるっていうストーリーだったんですが、それを読んだ自分も、当時住んでいた福岡から2万円握りしめて、鹿児島へのヒッチハイクに挑戦しました。その半年後には青春18きっぷを買って富士山にも登りました。
未体験の世界への好奇心や憧れの気持ちが強かったですね。あらゆるものを見てインプットしたい、と。
そう、僕…全知全能になりたかったんですよ。すべてのことができるようになって、すべてのことを知るのが人生の目標でした。
尖っていますね…。全知全能の願いは、18歳以前からですか?
うーん、16歳頃からかな?ただ、もし全知全能になれた時には、自分は死ぬだろうとも思っていました。充分生きたよねって思うでしょうから(笑)
CTO=最高技術責任者という仕事
ここからは、CTOの仕事についてうかがいます。1日の始まりは?
朝はだいたい6時から8時に起床。はてなブックマークでホームの人気エントリー、それからテクノロジーの人気エントリーをチェックして出勤します。朝が弱いので、会社に着いてすぐバリスタさんにコーヒーをいれてもらって飲むうちにスイッチが入り、元気が出てきます。自分のチーム、ATLAS(アトラス)の朝会では、メンバーがお互いのやることを共有、確認してから仕事を始めます。
田中さん率いるチームATLASでは、どんなことをしていますか?
ATLASでは、アカツキのゲーム全てに使える仕組みをチームに残していけるように、アーキテクチャを考えています。メインで携わっているのは、購入の際の課金の仕組みやログを残すといった基盤作り。調整やサーバーコードの実装、クライアントコードの実装など全般をやっています。
一般的に、CTO自ら手を動かしてコードを書くことはあるのでしょうか
他社のCTOの6-7割はしていないのでは。僕の場合はマネジメントしつつ、コードも書くことでアカツキに貢献できるし、それが一番自分の価値を発揮できると考えています。
最高のパフォーマンスができない時には、仕事をするべきじゃない
働く上でのモットーは?
「最高のパフォーマンスができない時には、仕事をするべきじゃない」と考えています。仕事では常に全力で力を発揮したいので。価値を十分に発揮するために、自分に厳しく、そして周りの人にもある程度厳しくしないといけない場面があります。ですから、適当な仕事をしていたり、1分1秒でも他人の時間を無駄に使おうとする人を見ると、ダメですね。逆に、ふだんの生活はいたってゆったり。オフはまったくイライラしないです。
去年まで、50人ものエンジニア全員のコードを確認していたそうですね。
品質を底上げしていくことが最重要な時期だったので、全員のコードを見ていましたね。今ではアカツキも大きくなり、技術も成熟してきましたので、コードを見る必要がなくなりました。専門領域のゲーム開発基盤に特化し、いいものを作ることに専念しています。自分が表に出てるのは、トラブルの時ぐらいです。
アカツキのエンジニアチームの特徴は?
いい人が多いです。そして、エンジニアとしてコミュ力の高い人が多いのが特徴ですね。この世界では、エンジニアの言葉を使わなければコミュニケーションできない人も多いのですが、アカツキはノンバーバル、バーバルコミュニケーションともに長けているエンジニアが多いと感じます。
CTOとして目指すところは?
世界にめちゃくちゃインパクトを与えるような文化やプロダクトを創り、届け続けたいと思っています。
もう1つは、エンジニアチームを自己組織化されたチームへと成長させること。自分たちで何でもできて、判断・意思決定ができる。さらに、それを推進していける。状況に合わせ柔軟にチームを変えていくこともできるチームが一番強いと思っています。
人間の体は、意識しなくてもさまざまな組織が動いて生きている。チームがそんな風に動けるようになれば、それが強くなった証。そして何より大切なのが「みんな楽しく!」。理想のチームへと近づけていきます。
技術面でのアカツキの未来はどんなものに?
CEOの塩田さんとブロックチェーンやAIについて話をすることもあります。最近は基盤技術が整理され、簡単に使えるプラットフォームが生まれ、投資対効果も見込めるようになってきました。最新技術を簡単に使えるサービスにより、応用の可能性が広がると見ています。アカツキは高い目標を掲げていますが、それを形にするにも技術が必要。私たちエンジニアがさらに力をつけ、未来に貢献していきたいと考えています。
世界最高峰 8,848m エベレスト登頂の夢へ!
CTO、そして登山愛好家として、田中さんにとって大きな存在は何でしょうか
何か特別大きな存在、というものはないですね。毎日ご飯を食べたり、眠ったり、アニメを観たり、ゲームをしたり、スポーツしたり、登山したり、恋したりすること、全てが同じように楽しい。人生を楽しむことで、仕事も最高のパフォーマンスができると考えています。
仕事だけではなく、山も世界最高峰を目指すのでしょうか?
世界最高峰のエベレストを目指しています。2020年の登頂を目標にしていましたが、今回のモンブランが思いのほかキツかったので、まだまだ経験を積まなければなりません。近い将来の登頂を目指し、トレーニングを積みます。
ー Supporters’ Voice ー 「CTO 田中 勇輔の姿」
アカツキ代表取締役CEO 塩田元規の声
田中くんは軽やかで、「当てに来ない」のがいいんだ。昔、俺のリーダーシップがもっと強かった頃、周りのみんな肩に力が入ってしまって「ちゃんとしたこと言わなきゃ」って雰囲気があったんだよ。そんな時も田中くんは、違うなと思ったら、「それは違うんじゃないですか」と言った。それがいいんだよね。俺、田中くんの良さなら1時間だってしゃべれるよ。会社が大きくなってきた今、CTOって聞くだけで、彼に対して構えちゃう人もいるかもしれないけど、彼は構えるような相手じゃない。肩書きに怖気づかないで欲しいんだ。もうCTOじゃなくて、「チーフ・タナカ・ナンバー1」とか、そういう肩書きにしちゃえばいい(笑)みんな「田中さんに言いたいこと気軽に言っていいんだ」って、気づいてほしいな!
アカツキ応援団 鼓手長・エンジニアリング・アドバイザー 能登 信晴さんの声
「いい意味で、ラクしようとする人」。それが田中さん。例えば僕らエンジニアの仕事で、繰り返し作業しなければならないものを発見すると、率先してプログラムを書き、コマンド一発の全自動でできるようにしてくれます。ツールを活用したり自動化することで「人間はクリエイティビティが高いところに集中して開発を楽しもう」という考えが強い人です。そして、アカツキのカルチャーを塩田さんたちと共に創ってきた人でもあります。エンジニアチームの風通しがよいのも、田中さんの存在があってこそです。
田中 勇輔 Yusuke Tanaka株式会社アカツキ CTO(最高技術責任者)
1984年 佐賀県西有田町(現:有田町)に生まれる。
少年時代は、ポケットコンピューターに夢中に。
福岡のコンピューター専門学校卒業と同時にSIer入社のため上京。
SEとして工場の基幹システムなどを担当。7年間の勤務を経て2012年アカツキに入社。アカツキ登山部 部長
撮影:大本 賢児 インタビュー・編集:坂井 朋子