ソーシャルゲームシナリオの作り方 アカツキゲームスの現役ライターが語る制作ノウハウ
2022.06.27
はるか昔から人々は物語を愛し、生きる力をもらってきました。そして現代では、私たちはゲームや漫画、小説、映画を通して物語に触れています。物語をつくる仕事はさまざまですが、そのなかでもゲームシナリオライターとはどのような仕事でしょうか?
前後編でお送りする当「アカツキゲームスの現役シナリオライターに聞く」シリーズでは、ソーシャルゲームを開発・運営する株式会社アカツキゲームス のシナリオ職(ROOTS)メンバーに、ゲームシナリオ制作のノウハウや舞台裏を伺います。
前編では「ソーシャルゲームならではのシナリオライティング」をメインに聞いていきます。
水野 崇志 Mizuno Takashi 株式会社アカツキゲームス シナリオ職(ROOTS)リーダー
フリーランスのシナリオライターとして10年間の活動を経て2017年、シナリオディレクターとしてアカツキへ入社。同年、プロジェクトを横断したシナリオ横串チーム「ROOTS」を発足しリーダーを務める。
小森 千晶 Komori Chiaki 株式会社アカツキゲームス シナリオライター/プランナー
2018年、アカツキにプランナー枠で新卒入社。プランナー業務・シナリオライティング業務・進行管理などを務め、現在はプランナーを兼務しつつシナリオライターを務める。
―はじめにおふたりが所属するアカツキゲームスや、おふたりの経歴や役割について教えてください。
水野 アカツキゲームスは2022年に株式会社アカツキから分社化した会社です。ソーシャルゲームを中心に他社IP(※1)や自社IPのゲームを開発・運営しており、そのなかでシナリオライターはゲームタイトルごとのプロジェクトに分かれて活動しています。
僕はシナリオ職(ROOTS)のリーダーとして、シナリオ職の方針決定や、シナリオ担当者のマネジメントや育成を担当しています。主に組織をまとめる立場ですが、シナリオライティングも続けています。
アカツキに入社するまではフリーランスのシナリオライターとして活動していて、コンシューマーゲームのシナリオや、アニメやコミックなどのメディアミックス、数百名規模のソーシャルゲームプロジェクトのメインシナリオライターなどを担当させてもらいました。アカツキには2017年に入社して、ROOTSの立ち上げやシナリオ担当者として各プロジェクトに携わってきました。
―小森さんは、新卒で入社したシナリオライターのホープだと聞いています。
小森 自分はシナリオライター兼プランナーを担当していて、2018年卒で新卒入社して、2年目からROOTSに参加しました。
昔からゲームと文章を書くことが好きで、高校時代には文芸部で自作の小説を投稿して、大学時代はサークルに入り、TRPG※2のシナリオを書いていましたね。
就職するならゲーム業界だと考えていたので、就職活動ではシナリオ職を希望しつつ、プランナー枠でアカツキに入社。初年度はプランナー業務を担当しながら、フレーバーテキスト※3の執筆にも携わっていました。
その後、シナリオチームの進行管理を担当する機会があり、水野さんにサポートしていただきながら、シナリオ執筆にも参加していくようになりました。
―おふたりが参加しているシナリオ職(ROOTS)はどういうチームですか?
水野 ROOTSは2017年にプロジェクトを横断してシナリオ制作のマネジメントやノウハウ共有を行うためのチームとして、各プロジェクトのシナリオチームリーダーが有志で集まり発足しました。2022年度からは企画部シナリオ職(ROOTS)という形で組織図にも正式に組み込まれています。このシナリオ職(ROOTS)は運用メンバーとしては8名ほど、シナリオ担当者全体としては25名ほどの組織です。
会社によってシナリオチームの規模はさまざまですが、アカツキゲームスではシナリオ職として現在も積極的に活動を続けています。
※1 IP(アイピー) 知的財産。ここではアニメや漫画のタイトル、キャラクターのこと
※2 TRPG(テーブルトークアールピージー) アナログで遊ぶRPG。プレイヤーはゲームシナリオに沿ってキャラクターをつくり、キャラになりきって物語を進めていく
※3 フレーバーテキスト アイテムなどの説明文のなかで、背景設定やバックストーリーを表現する文章
ゲームシナリオライターが作るのはストーリーだけじゃない
Point
・ゲーム開発プロジェクトのオーダーに応じてテキスト領域のさまざまなものを制作する
・ストーリーやセリフだけではなく、キャラクター像をつくるための設定も作る
・シナリオライターは文字を通して作品世界を定義する仕事
―ここから本題に入っていきますが、はじめにゲームシナリオライターとは何をする仕事なのでしょうか? 曖昧にはイメージできますが、世のなかには知られていない業務も多いと思います。
小森 基本的には、所属するプロジェクトに応じてオーダーどおりにシナリオをつくり上げる仕事です。「今回はこういう登場人物が出て、こういうたてつけのストーリーなので、それに合わせてシナリオを書いてください」という要望に応えていくんです。
担当する分野は幅広く、キャラクターの二つ名やキャラクター・アイテムのフレーバーテキスト、イラスト背景の設定も制作します。
―脚本家のような仕事を想像していましたが、ストーリーやセリフを書くだけではないと。
水野 「背景を作るための細かな設定が欲しい」とか、「モンスターにモーションをつけたいので、どんな性格か設定が欲しい」などのオーダーもありますよ。
小森 例えばキャンプに行くようなイベントでは、背景を作成される方から「森の設定をお願いします」というオーダーをいただいたこともありました。
水野 ありますね。「この森は広葉樹ですか? 針葉樹ですか?」と聞かれ、「寒い地方なので針葉樹でお願いします」と答えたり、「この建物は木ですか? 石ですか?」という質問に対して、その土地で採れる材料や文化なども踏まえて設定をしたり。
テキストやセリフだけでなく、シナリオでは直接描かれない設定やキャラクターの生い立ち、性格など、ゲームシナリオライターが担当する範囲は非常に広いです。キャラクターやアイテムをイラストに起こしていただくためにも、資料としての細かな設定は常に必要となります。
―なるほど、文字を媒介にゲームの世界すべてを定義していく仕事なんですね。
水野 ですね。プロデューサーやディレクターなどが届けたい世界をまずは文字で表現して、ゲームの構築に必要な土台を用意する仕事だと思っています。
ソーシャルゲームならではのシナリオ構築のノウハウ
Point
・ソーシャルゲームはサービスが続く限り、シナリオも続く
・ソーシャルゲームのシナリオではあらかじめ「隠す要素」を決める
・チームビルドが重要なソーシャルゲームシナリオの現場
・読後感スッキリ、「次回もまた読みたい」と思われるシナリオが重要
―結末が決まっているコンシューマーゲームと比べて、ソーシャルゲームはサービスが続く限り、シナリオも続くよう運用されていきますよね。コンシューマーとソーシャルにおけるシナリオ制作の違いを伺いたいです。
水野 おっしゃるとおり、コンシューマーゲームは映画と同じように、購入すれば結末まで一気に楽しめます。一方、ソーシャルゲームはサービスを続ける必要性があります。そのためにはすぐに結末を迎えるのではなく、継続して楽しめるシナリオが必要になります。
もちろんソーシャルゲームでも、シナリオの結末をある程度は決めておきます。そうすることで、シナリオの進行や演出で、いずれ描く結末に必要な要素を散りばめておくことができます。それと合わせて、結末に近づいてしまう要素や展開などは、段階的に描いていけるように「隠す(描かない)要素」として事前に決めているんです。
このノウハウはキャラクターの描写にも活かしています。バックストーリーを細分化して、「今はこの設定は隠します(描かない)」とシナリオチームで認識を揃えておきます。そうすることでキャラクターの魅力を初登場時だけではなく、シナリオの進行に沿って段階的に描けるので。
―シナリオチーム全体でストーリーの伏線や隠す要素を把握しておくのは大変そうですね。
水野 そういった部分も含めて、ソーシャルゲームシナリオでは、チームビルドやマネジメントがとても重要だと考えています。
コンシューマーゲームのシナリオであれば、途中でシナリオライターが離脱してもマスターアップまでに帳尻を合わせることで解決できます。一方、ソーシャルゲームでは、運用中にシナリオライターが離脱してしまうと、メインシナリオが途中で止まったり、イベントを延期する必要ができたりと、非常にリスクの高い状況が発生してしまいます。そして何よりも、お客様に多大なご迷惑をかけてしまいます。そんなことが起こらないよう、リスクはできる限り軽減できる体制を目指しています。
―だからこそ、シナリオライターに長く関わってもらって、世界観を理解してもらい、つつがなく進行していく工夫が必要だと。
水野 そのとおりです。ひとつのゲームタイトルで30〜100人ものキャラクターを扱うこともありますから、急に入った方にお願いしても隅々まで理解してもらうことは難しいです。ストーリーやキャラクター、これまでの運用やシステムも理解されている方がシナリオを書いて下さったほうが、良いものが生まれると考えています。
―ほかにもソーシャルゲームならではのシナリオの工夫はありますか?
小森 ソーシャルゲームは運営を続けていくためにも、お客様から「次も読みたい」と思ってもらえるシナリオが求められます。例えば、最新アップデートのストーリーがおもしろくなかったらお客様が離れてしまいます。そのため、以前担当していたプロジェクトでは、読後感がスッキリしていて「今回もおもしろかった、次回も読みたい」と思ってもらえるストーリーを心がけていました。
また、ゲームの世界観次第ではありますが、重い展開やシリアスな展開が続きすぎないようにもしていました。シリアスなストーリーが好きな方もいますが、あまりに重い展開が続くとお客様の負担になり離れる原因にもなってしまう。そういったシリアスに徹する展開は、小説やコンシューマーゲームなど、結末まで描かれている媒体向きの手法だと思います。
水野 補足すると、コンシューマーゲームはテレビの前で集中して楽しむものですよね。一方、ソーシャルゲームは移動中など何かしながら楽しむことも多いです。そういったプレイ環境の違いもありますね。
―電車通勤中などスキマ時間に遊んでいる方もいると思いますし、そうしたプレイヤーの遊び方に応じたストーリーが求められているんですね。
プレイヤーの心を動かすゲームシナリオを作るには?
Point
・すべての人に刺さるシナリオは非常に困難。だからこそ自分の心が動くシナリオを
・シナリオ制作のロジックを学ぶことで生まれる再現性
・シナリオだけでなくプレイヤーの体験まで想像する
―次にシナリオ制作の心得を聞かせてください。プレイヤーの心を動かす世界観やストーリーを作るために、工夫されていることはありますか?
小森 感覚的なことですが、少なくとも自分の心が動くもの、「これはおもしろい」と思えるものをつくろうと心がけています。
この基準を満たしていると、少なくともプレイヤーサンプルがひとつ取れていることになりますし、シナリオをチームに見せた時に「ここはこういう意図でこういう表現にしています」と説明できます。自信をもって提案するためにも「私、天才かも」と思いながらシナリオを書くことが大事だと思います(笑)。
―もう少し深掘りしたいのですが、「心が動く」とは、シナリオを読んでいて涙が出るとか笑うとか、打ちひしがれるとか、何かしら心に変化が起きれば大丈夫ということでしょうか。
小森 そうですね。感覚は人それぞれなので、ギャグひとつとっても「すごく笑えた」と言ってくれる方もいれば、「いや全然おもしろくないよ」と言う方もいます。
すべての人に刺さるものは簡単には描けません。だからこそ「少なくとも自分には刺さったからほかの誰かにも刺さるはず」という確信が指針になる。誰かにけなされたけど、別の誰かは喜んでいるかもしれない。そんな自信が仕事を続けていく支えになると思います。
―ある程度のタフさも必要なんですね。ほかにも心がけていることがあれば教えてほしいのですが。
小森 技術的な話では、アカツキゲームスのシナリオ職にはシナリオディレクションの研修があり、「おもしろいシナリオとはどんなものか」の一例を教わります。研修ではストーリーの構成や起承転結の使い方、キャラの設定など、シナリオを面白くするためのノウハウが共有されていますね。このノウハウは感覚的なものではなく、ロジックに基づいて客観的にシナリオを見ていくためのものです。
一定のルールにしたがって制作していると、料理をレシピどおりつくっていくような安心感があります。「これは分量どおりだからおもしろいはず」と、自信の裏付けになるんです。
水野 大前提として、メンバーそれぞれが培ってきたノウハウを否定することは一切しません。あくまで制作手段の一例として学んでいただきます。もし制作に行き詰まった際に、「最低限ここはクリアできていれば」という指針や、共通のチェック項目みたいなものですね。感性もとても大切ですが、一定ロジックとして理解できていないと再現性がないので。
―ノウハウの共有は、組織ならではの強みですね。
水野 だと考えています。個人や極少人数での活動であればロジックは必要ない場合もありますが、組織では共通のノウハウやロジックが存在するほうが意見を交わしやすいです。
―水野さんからも心がけていることをお聞きしたいです。
水野 小森さんの意見に付け加える形になりますが、「自分の心を動かす」から発展して、音楽やグラフィックなど、お客様が実際に楽しむ状態まで想像しながら執筆できたら、より良いドラマ体験ができるシナリオになると考えています。
ゲームは様々なクリエイターによる総合芸術です。自分がシナリオを書いて終わりではなく、各シーンにどんなグラフィックや演出が加えられて、どんなBGMが流れ、そしてどうインゲームへと繋がるのか。ここまで考えられていると、体験のクオリティは一段階上がると思います。
キャラクター数の多いソーシャルゲームのなかで、魅力的なキャラクターをつくるには?
Point
・キャラクターのバックボーンを作り込み、テンプレートにとらわれない
・魅力的なキャラクターはテキストだけでは出来上がらない
・イラスト制作や音声収録声優さんの演技の助けになるようキャラクター設定を固める
―次はキャラクター制作について教えてください。ゲームにおいて重要な要素ですが、特にソーシャルゲームには登場する人物が多く、キャラ被りをしてしまうこともあると思います。この制約のなかでどのように魅力的なキャラクターを生み出しているのでしょうか?
水野 まずはキャラクターのテンプレートに捉われないことですね。最近は、ツンデレ系・クール系・熱血系などある程度テンプレートが決まっていますが、それはあくまで枠組みです。キャラクターそれぞれの哲学や価値観などのバックボーンがしっかりしていれば、たとえ2人のツンデレ系キャラクターが同じシチュエーションに置かれても、セリフや反応は変わっていきます。それがきっちり描き分けられていたら、個性と共に自然と魅力も出てくるはずです。
描き分けができていなければ、新しくキャラクターを生み出す意味がありません。ひとりの命あるキャラクターとして、そのキャラクターだからこその物語を描けているかは常に考えていますね。
―こうしたキャラクターはシナリオライターが1対1で担当しているのでしょうか? それともチーム全体で制作を担当していますか?
水野 プロジェクトによってさまざまですが、アカツキが運営している『八月のシンデレラナイン』では、シナリオチーム全員がすべてのキャラクターを担当されています。そのうえで、各話のテーマに合うシナリオライターに依頼されていますね。ここは各プロジェクトのシナリオチームの方針次第なので、現場によって異なります。
―先ほど研修のお話を聞きましたが、キャラクター設定もレクチャーしているのでしょうか?
水野 キャラクターの魅力を因数分解する内容があり、キャラクターひとりひとりの個性を整理するキッカケを学んでいただいています。
とはいえ、魅力的なキャラクターはテキストだけでは出来上がりません。イラストや音声など、複合的な要素が合わさってひとりのキャラクターが生まれます。だからこそ、シナリオ側で用意できる要素として魅力へと繋がる設定を精一杯考え、それが「イラストを描く時や音声を収録する際の助けになれば」と思い執筆をしています。
―キャラクター制作においても、やはりゲームのプロセス全体への配慮が求められるということですね。
水野 そのとおりです。グラフィックの表情や演出、音声に込められた感情で、セリフから伝わる印象は大きく変わります。常に完成形をイメージしながら、最も相乗効果のあるシナリオを執筆できればと常に試行錯誤しています。
続きは後編で。ゲームシナリオライターをめざすために必要な能力やキャリアパス、アカツキゲームスでのシナリオライターの働き方などを伺います。
文 鈴木 雅矩 編集 大島 未琴 写真 大本 賢児
5周年を迎えた『八月のシンデレラナイン』についてシナリオチームが語った記事はこちら!