第4回「お金とやりがい」どちらが大事?満足感ある報酬の仕組み
2018.08.10
4月から毎月1回、全4回の日程で、アカツキが開催している「人材マネジメント講座―Wizard Course」。広く社外に開放し、人材マネジメントの本質を解き明かすのが狙いですが、「お話拝聴型」の座学ではなく、受講生同士が自社の課題や日々の業務の中で抱いた悩みを共有し、全員でディスカッションする方式をとっています。
ファシリテーターをつとめるのは、アカツキの人事企画室「WIZ」を立ち上げ、室長を務める坪谷邦生。WIZとはWizardの略で、「魔法使い」を意味します。坪谷いわく、ネーミングには人材マネジメントという魔法の力でアカツキを元気にしていこうという狙いが込められています。
魔法の力を社外の人にも伝授しようというこの講座、最終回となる第4回は、6月14日の夕刻に開催されました。テーマは「報酬とは何か」。10名の受講生は、今回も事前に課題図書に目を通したうえで、本講座で話し合いたい「問い」を各自、提出していました。どんな議論が繰り広げられたのでしょうか。
人材マネジメント講座Wizard Courseの参加者
Aさん
組織コンサルティング会社に勤務。人材派遣・紹介事業のキャリアが長く、人事経験は1年半ほどのため、この機会に体系的に学んで知識を整理し、実務に活かしたい。
Bさん
IPやコンテンツ、ブランドプロデュース事業をしているベンチャー企業の人事総務部長。事業領域を急速に拡大する中、既存の日本特有の理念経営ではない新しいあり方を模索するために勉強会に参加。
Cさん
現在立ち上げフェーズにあるベンチャー企業の社長。時流に則して事業をドライブする後押しとなるような人事評価体制を作るヒントを求めて参加。
Eさん
リモートワークでもっと自由に働ける社会を目指し、「対等な取引ができる」副業プラットフォームを運営するベンチャー企業の社長。
Fさん
エンターテインメント系ベンチャー企業の役員。事業拡大にあたり、今後の人材マネジメントについて、新たな考えに出会うことを期待して参加。
Hさん
お買い物アプリを運営するベンチャー企業の社長。時流に則した「事業のドライブを後押しできる人事評価体制」を作ることを目指して参加
Jさん
新卒採用のダイレクトリクルーティングサービスを運営するベンチャー企業の役員。事業と組織の成長に伴い、人事制度の導入や組織開発を進めている
納得できる賃金に必要なものとは
「よい問いが学びを生む」。ファシリテーターの坪谷がこの講座で何度も口にしているフレーズだ。最終回も例によって、坪谷からの受講生に対する「問い」によってスタートした。
「報酬とは何ですか」。間髪を入れずに声が挙がる。
「働くことで得られるものすべて」。
「その通りです。内的報酬は何かにつながり、外的報酬は何かを目指す。この二つの“何か”を埋めてください」。
「内的報酬は満足につながり、外的報酬は納得を目指す、です」。
「正解です。では、納得できる賃金に必要なものは何ですか」。
この問いで、しばし沈黙が流れる。
「ちょっと難しいですかね。正解は『正しく設計された等級』と『公平と思える評価』です」と坪谷。第2回のテーマ「等級」と、第3回の「評価」がこういう形で関わってくるとは!課題図書を熟読しておけば答えられる内容だが、抽象度が高いので、そらで言えるまで覚え込むのは難しい。ここからは受講生が提出した最初の問いに関する議論へと移った。
問い①:内的報酬と外的報酬のバランスをどう設計したらよいか
あるレベルまで、「お金とやりがい」は比例する
ベンチャー企業の人事部長、Bさんが提出した問いである。
内的報酬とは、仕事そのものから生まれる報酬のことで、仕事に対するやりがい、スキルアップに対する喜び、同僚や上司部下、仕事上の仲間などとの人間関係から得られる満足などを指す。一方の外的報酬とは、給与アップや昇進、社会的地位の向上、執務室や専用車、秘書の付与といった外から与えられる報酬だ。「外的報酬のバランスを高めると仕事の意欲が下がると言いますが、実際はどうなのでしょうか。そう言いつつ、誰だってお金は欲しいものですよね。ですから、私の中でも結論が出ていない究極の問いなんです」とBさん。
「年収が増えてうれしいのは、せいぜい900万円まで。そこからは、たとえ増えても幸福度は変わらないという行動経済学の有名なデータがあります。だからといって、経営者が社員に『年収300万円でも文句を言うな』というのは暴論でしょう」と、ベンチャー企業の役員、Fさんが発言する。
「そうだと思います。ある程度のレベルまではお金とやりがいは比例します。そういう意味では、世の中より少し上の報酬レベルを維持するのが理想なのかもしれません」と坪谷が付け加える。
社員表彰が内的報酬を高める
「うちはまさにそうで、リサーチ会社を使って報酬サーベイを2年に1度行い、『他よりやや上』を維持しています」と情報系企業の人事、Dさんが発言する。それに対して、「御社では内的報酬と外的報酬のバランスはどうなっていますか」とBさんがたずねた。
Dさんが答える。「うちは内的報酬を高めるための動機付けを熱心に行っています。上司の許可なしで部署異動ができる仕組みに代表されるような、本人のやりたいことを優先する仕掛けがたくさんあります。もうひとつ、内的報酬を高める社員表彰にも力を入れています」
それを受けた坪谷が「Dさんが提出してくれたのはその表彰に関する問いなんです。まずは、こちらからやってみましょう」と言って、PC画面を切り替え、次の問いをスクリーンに投影した。
問い②:表彰制度の事例を共有し、それをうまく根付かせる方法を考えたい
マネジメントツールとしての表彰制度
優れた業績を上げた社員を定期的に選出し、称賛する。それが一般的な表彰だが、Dさんの企業ではそれをもっと戦略的に行っているという。
表彰式には数千人の社員に加え、外部の識者を招き、受賞者はいわば「ハレの場」で自分の成果をプレゼンします。その光景を一度でも見たら、ぜひ来年は自分が壇上に立とうと思うでしょう。そういう意味で、表彰制度はマネジメントツールの一種だと思っています」(Dさん)
ベンチャー企業の社長、Hさんがこう話す。「うちは公式な制度というより、チャットツールを使い、チーム単位で、いいことをした人をすぐに褒めるんです。それを絶えずやっていくと、斜に構えたような人の心もほぐれ、チームの雰囲気が各段によくなりました」
次に坪谷が「アカツキには拍手の文化があるんです。誰かが発言したら、必ず周りが拍手をします」と話すと、「上司と部下、1対1の場合でもですか」と、組織コンサルティング会社のAさんが突っ込む。「さすがにそれはありません(笑)。集団議論の場だけです」(坪谷)
誰に褒められるとうれしいのか
その辺りから皆の口が滑らかになり、「同じ褒められるにしても、相手が誰かによって喜びも変わる」「誰々さんが評価していた、という間接的な称賛が効く」「顧客に褒められるのが一番うれしい」「その道のプロに褒められるのがいい」といった「褒められ方」に関する議論が盛り上がったところで、「表彰制度の事例共有をしませんか」と坪谷が促した。
ベンチャー企業の役員Fさんが話し始める。「うちはいくつも制度も走らせています。でも同じ人でも、卓越したクリエイティビティを発揮した人を表彰する制度で受賞すると、こんな賞、大してうれしくないな、という白けた反応を示す一方で、革新的な行動をとった人を表彰する制度で受賞すると、大喜びしているんです。各人の性格によって反応が違う。このままのやり方でいいのか、正直戸惑っているところです」
メーカーの人事、Cさんが発言する。「賞金に何百万円がもらえる社長賞が毎年1回あるのですが、盛り上がらない(笑)。受賞者本人はうれしいはずですが、「この人すごい」という賞賛が社内に渦巻くわけでもなく、いつも淡々と決まっていくイメージです。なぜこの人に決まったのか、という議論がオープンでないことも影響しているのかもしれません」
社員をヒーローにする
「会社の規模が小さい時は表彰制度も盛り上がりに欠けましたが、従業員規模で50名くらいになると変わってきました。なかには部下の表彰に感激し、うれし泣きする上司もいました」と、以前は自分の会社を経営していたFさん。その言葉に「そうやって喜びを共感できる人がいると、制度も生きてきますね」と、Cさんが賛同する。
ここで、お題の提出者、Dさんが口を開く。「うちの表彰制度は優れた功績をあげ表彰された人のナレッジを全社で共有する勉強会の開催をセットにして運用しています」
「この人すごいという一時の表彰だけで終わらせず、そのすごさを社内に広めていくプロセスがきちんとあるんですね」とCさんが感心する。
坪谷が発言した。「ある会社に感動課という部署があるのをご存じですか。社内の感動の種を探し出し、それに関わっている社員を称賛してヒーローにさせるための活動を行っている、たった一人の部署なんです。その人はいつも社内を歩き回っては人を感動させる仕事をしている人がいないか探している。お会いしたら、『こんな仕事はうちだけですから、他社への転職はもう無理でしょう』と笑いながら話していました」
制度だけつくってもうまくいかない。制度に魂を吹き込むには、仲間の努力や功績を認め合う風土を社内につくらなければいけないのだ。
坪谷の「ここがツボ!」
表彰の仕組みは、うまく機能すれば「こうすれば賞賛される!」というクセづけによって会社の価値観が浸透するとても良い機会になります。一方でCさんの会社のように何百万円という賞金を出しても白けてしまえば効果はありません。なぜその人が、その仕事が選ばれたのか「理由」が不透明だと納得できないのは、通常の評価と同じです(人材マネジメント講座その3評価の回を参照ください)。
またプロフェッショナルな人材は自分の仕事の価値を誰よりもわかっています。筋違いな賞賛をされると、Fさんの会社のように、逆に不満につながっている状況もありえるでしょう。仕事のやりがいは、プロフェッショナル自身が感じるものであって、他者から与えられるものではないからです。
こういった仕組みをきっかけに社員同士が自主的に褒め合い、高め合える文化が作られることが、究極的には賞賛の目的と言えます。
経営者は社員のライフプランナーたれ
「さて、表彰制度の問題を片づけたところで、最初のお題に戻りましょう」と坪谷が促す。
「内的報酬と外的報酬のバランスを考えるためには、それぞれの中身をもう少し明確にカテゴライズする必要があるでしょう。が、ちょっと難しい」と、ベンチャー企業の社長、Eさんが考え込む。
坪谷は考えが異なるようだ。「まずは不満を潰すことを心がけるべきでは。多くの場合、外的報酬に対する不満が多いのではないでしょうか。それこそ、表彰している暇があったら、昇給させないと」
Eさんの顔が明るくなった。「そこはよくわかります。会社を立ち上げた頃、君の場合、生活費はこれくらい、家賃はこれくらいだから、合計これくらいあれば給料足りるかな、と、あたかもライフプランナーのようになって、各社員と面談していましたから」
「今の私がまさにその状態です」と、ベンチャー企業の社長、Hさんが同意する。
「大切なのは、この人は本当に自分のことを信頼して仕事を任せてくれているか、という上司部下の関係を構築できるか、ということだと思います」と坪谷。さらに「どうでしょう、もう少しバランスについて議論しますか」とBさんに尋ねると、Bさんは答えた。「もう大丈夫です。まずは不満の解消を心がけること。大前提として、日々の信頼関係の構築が重要になると。いろいろなお話を聞くことができて、頭の整理ができました」
坪谷の「ここがツボ!」
内的報酬は満足を生み、外的報酬は不満を抑えます。もし金銭面や安全面などに大きな不満が溜まっているときは、内的外的のバランスを考えるよりも、まずは外的報酬の見直しを考えるべきです。ただし外的報酬を増やし続けても、不満は減っても満足にはつながりません。満足につながるのは内的報酬です。
また給与などの外的報酬には、支払える額に限りがあります。いわゆる分配の公平感には限界があるのです。そこで大切なのは手続きの公平感となります。評価の透明性や丁寧なフィードバック、意見を真摯に聞く姿勢などが問われることとなります(人材マネジメント講座その3 「評価」の回を参照ください)。
問い③:仕事のやりがいを高めるにはどうしたらいいか
教会をつくる煉瓦職人の話
問いを提出したベンチャー企業の役員、Jさんが話し始めた。「これまではフレックスや短時間勤務など、働きやすさを高める仕組みを導入してきたのですが、これからは働きがいを高めることに注力したいと考えています。そのためにはどうしたらいいか、皆さんの知恵をお借りしたい」。
それに反応したのがCさんだ。「有名な教会をつくる煉瓦職人の話がありますね。『あなたは何をしているのか』という問いに対し、ある人は親方の命令で煉瓦を積んでいる、ある人は煉瓦を積んで塀をつくっている、最後の人は立派な教会をつくっているんだ、と答えましたと。最後の職人が理想です」。ベンチャー企業の人事部長、Bさんが後に続けた。「うちは経営陣が現場に対し達成困難な目標、あるいは困難そうだと感じさせるストレッチ目標を与えています」
坪谷が議論を引き取った。「そうですね。いま取り組んでいる仕事の価値を感じることが一番でしょう。そういう仕事を自分でつくり出せると素晴らしいのですが」
「そこは難しい。うちは仕事をトップダウンで仕事をおろすことが多い」とJさん。
「仕事のKPI(重要業績評価指標)をうまい具合に設定するのはどうでしょう。先ほどの感動課の例でいえば、何人を表彰したかではなく、何人の人を感動させたかを目標にすればいい」とHさん。さらに、「これをやったら、必ず称賛されるという“錦の御旗”をつくればいい。そのためにはミッションやビジョン、行動指針をしっかり定めておかなければなりません」というFさんの発言が続く。
やりがいの「かい」は「櫂」から来ている
「結局、どういう人を採用するかという問題になってきますね。すべての社員がビジョンやミッションに共感して入ってくれるのが理想です」と坪谷。それに続く、「やりがいという言葉の『かい』というのは、船具の櫂から来ているんです。水を掻いて船を進めるわけですから、当然、水の抵抗を受けます」という坪谷の言葉に、一同から「へえ、面白い。知らなかった」という声が挙がる。
「逆に言えば、やりがいのある仕事ほど、成し遂げるのに強い抵抗があって当たり前なんです。そのためには、経営層が現場に対し、やってやろうじゃないかと意気に感じるような目標、つまりは、やんちゃな目標を提示できなければならない。Jさんの会社の経営層にもそれが試されているのかもしれません」(坪谷)
その言葉にCさんが反応する。「上から提示するだけではなく、実際の仕事が目標に到達したのかどうかをきちんとしたフィードバックしなければならないと思います」。
「その通りです。上司と部下が手を握り、よい目標を一緒に育てることも重要です。目標を元にしたマネジメントについては『1分間マネージャー』という本が参考になるので、ぜひお読みください」という坪谷の話で議論は締めくくられた。
坪谷の「ここがツボ!」
仕事に意義を感じるためには、会社の価値観に合致し、ミッションに共感しているメンバーが採用されていることが前提になります。その上で、リーダーには「こっちへ行こうぜ!」と方向を魅力的に「指し示す」ことが求められます。組織における目標は、会社から与えられるものでも、自分がやりたいものでもなく、双方で握手するものです。目標設定の機会は「指し示す」ことで「モチベーション」を上げる、最高にクリエイティブな瞬間なのですね。
人事の原理原則が理解できた
全4回の講座もこれで最終回である。種明かしをしておくと、このレポートで取り上げたお題は限られており、約半分に過ぎない。毎回休憩なし、ノンストップの2時間がいかに密度の濃いものであったか。回を追うごとに、受講生の口が滑らかになり、この時間をいかに集中して頭と口を働かせていたか。その様子をいささかなりともお伝えできたら、計8時間すべてに同席した書き手の任が果たせたものと考える。
さて、講座の最後には各自が感想を述べあった。「単純に議論が楽しかった」「視野が広がった」「人事の原理原則が理解できた」「人事の型を手に入れるいい機会となった」「こうしたワークショップ形式は各自の主体性が高まるので大いに学ばせてもらった」等々、肯定的な評価ばかりだった。そして、坪谷が次も考えていることを明かすと、「期待してます!」いう声が挙がった。「人材マネジメント講座 Wizard Course 2」の開催にも期待したい。
最後に少し紹介になるが、全4回の講座で活用した課題図書は、『人材マネジメントの壺』(インプレスR&D刊)という本だ。ファシリテーターを務めた坪谷の著したこの本は、現在第2弾発行へ向けて準備中とのこと。人事に関わる人にはもちろんだが、企業で働くすべての人に「組織」という視点で、改めて働くことを見つめる機会を与えてくれるだろう。
「報酬とは、働くことで得られるものすべて」
アカツキ 人事企画室WIZ 室長 坪谷邦生
今回のテーマは「報酬」でした。人材マネジメントにおける報酬とは、働くことによって「得られるものすべて」。そう考えると企業の人材マネジメントにおける「報酬」とは、働く人が「仕事によって何を得られるのか」個人と組織の接点(タッチポイント)において「どんなうれしいもの」を与えると組織パフォーマンスが最大になるのか、という設計に他なりません。
例えば「納得感ある評価」によって賃金を「公平に分配」することだけではなく、組織内に「魅力的な仕事」を生み出し「適切に異動配置・アサイン」することも重要な報酬になってきます。
今回の議論では、特に表彰や仕事のやりがいにフォーカスしました。
仕事のやりがいを高めるためには、魅力的な目標設定、現場の良い動きを表彰する、副業を推奨するなど企業側の努力も必要です。しかし本質的には、やりがいとは働く個々人がプロフェッショナルとして自ら見出すものです。人材マネジメントに関わる立場としては「信じて任せる」スタンス、仕事の価値を正しく評価する姿勢が問われているのではないでしょうか。
これで全4回の人材マネジメント講座が終了しました。「広く社外に開放し、人材マネジメントの本質を解き明かす」という、まさに「やんちゃな目標」を狙って実施してきましたが、いかがでしたでしょうか。あなたからのフィードバックをいただけると、とてもうれしいです。
このあと、書籍としてはテーマ5.リソースフロー(採用・異動・代謝)、テーマ6.人材開発、テーマ7.組織開発、テーマ8.プロフェッショナル、と続きがあります。ご興味ある方は、ぜひこちらも参照ください( https://kochuten.wordpress.com/2018/01/30/kindle1/ )。
講師:坪谷 邦生
リクルートマネジメントソリューションズ社にて人事コンサルタントとして50社以上の人事制度構築・組織開発支援に携わる。アカツキに入社後、人事企画室WIZを立ち上げる。中小企業診断士。Certified ScrumMaster。
文:荻野 進介 イラスト:荒井 理江