『ハチナイ』のシナリオはチームワークで生み出される。ゲームとノベル版で描かれる“彼女たちの青春”
2022.03.30
2017年6月のサービス開始以降、スマートフォン用ゲームアプリを筆頭に多くの人々に愛されてきたメディアミックス作品『八月のシンデレラナイン』(以下『ハチナイ』)。そのノベル版第4巻『八月のシンデレラナイン 白夜に揺蕩う追憶』が3月30日に発売されます。
この作品では、ゲーム内ストーリーの「2年生編」から登場した新1年生のひとり・小鳥遊柚(たかなしゆず)を中心に、彼女とかつてのチームメイト・真白玲との関係性などが描かれ、ゲーム本編とはまた違った角度から、お馴染みのキャラクターたちの熱い青春の物語が楽しめます。
本作を担当したのは、『ハチナイ』ゲーム版でもシナリオを手掛けるチーム。そこで今回は『ハチナイ』シナリオチームリーダー/シナリオディレクターの大竹さんと、シナリオライターでノベル4巻の執筆担当・泉さんの2人に、協業で生まれる『ハチナイ』の物語についてうかがいました。
大竹 直紀 Otake Naoki株式会社アカツキ シナリオチームROOTS所属『八月のシンデレラナイン』シナリオチームリーダー/シナリオディレクター
2019年アカツキ入社。シナリオディレクター業務の傍ら、ROOTSではシナリオ職の採用活動も担当。
泉 遼平 Izumi Ryohei株式会社アカツキ シナリオチームROOTS所属『八月のシンデレラナイン』シナリオライター
2018年よりシナリオチームに参画。フリーランスのシナリオライターとしても活動中。
“ひとり”ではなく“みんな”でつくる。『ハチナイ』の物語を支えるシナリオチーム
―まずはお2人の『ハチナイ』での役割を教えていただけますか?
大竹 『ハチナイ』のシナリオはチームでつくっていて、プロデューサー、ディレクター、プランナーさんたちとシナリオチームの共同作業で生まれています。僕の役割は、チームリーダー兼シナリオディレクターとして各セクションと連携を取りながら、シナリオチームを上手く稼働させる調整役です。僕が最終的に方向性を決めているというよりも、プロデューサーの意向などいろいろな条件を加味したうえで、最適な道を探すというイメージで、基本的にはシナリオを書くライターさんを裏方側からサポートしています。
―一方で泉さんは、シナリオライターとしてゲームのシナリオを担当すると同時に、ノベル第4巻『八月のシンデレラナイン 白夜に揺蕩う追憶』の執筆も担当されていますね。
泉 ゲームのシナリオではライターとして携わらせていただいていて、大竹さんや他のシナリオライターさんたちと一緒にストーリーを話し合うミーティングなどに参加しています。ノベルに関しては、プロデューサーとの打ち合わせ後、2ヶ月ほど執筆に専念する時間を取っていただきました。自分が本来取り組むべきゲームシナリオのタスクを他のライターさんに分担していただいて、「2ヶ月どうぞよろしくお願いします!」と言っていただき、貴重な経験をさせていただきました。
―アカツキでは、誰かひとりが中心となってシナリオを考えるのではなく、チーム作業でのライティングが行なわれていますが、この辺りについて詳しく教えてもらえますか?
大竹 アカツキでは複数のライターさんによるチーム体制でシナリオを書いているので、まずは「この時期にこんなシナリオを書こう」と計画が作られた後、スケジュールや適正を加味してお願いするライターさんを決めます。担当いただく方が決まった後も、プロットをチーム内で共有して、いろいろな方々の意見をもらいながら進めています。毎週複数回チームメンバーで集まる機会があるので、みんなで意見を出し合いながら段階的に作業を進めていくような感覚です。
―複数のライターさんが同じ作品のシナリオを担当するとなると、ライターさんごとのクセや味が違うので、大変な部分も出てくるんじゃないですか?
大竹 そうですね。シナリオにおいてはチームづくりの難易度が高いのはその通りで、情報を共有して、作風に矛盾がないようにひとつの方向性に調整していくことは必要です。
ただ、機械的にルールやフォーマットに当てはめてしまったり、予め決まりきったお話の執筆をお願いしてしまうと、今度はライターさんそれぞれの個性や持ち味を殺すことにもなってしまいます。『ハチナイ』のシナリオチームとしては、そういうことは可能な限りしたくないので、「ライターさんそれぞれの個性を活かしつつ、けれどひとつのお話として成立させる」ために、一番いい塩梅を探っていくようなやり方を取っています。
―なるほど。ただ多人数でタスクを分散して効率化を図るのではなく、ライターさんそれぞれの個性が集まる状態を目指しているのですね。
大竹 そうですね。『ハチナイ』にはいろんな選手たちがいますが、特に「この選手はこの方」と担当を決めているわけではなく、シナリオのテーマや相性を加味したうえで、「今回のシナリオはこの方にお願いしよう」と、その都度最適な編成を決めていくことが多いです。
泉 チームでシナリオを担当すると、「他のライターさんに相談できること」がとても助かります。自分はアカツキに来る前からフリーランスで活動していたのですが、その頃はディレクターさんとのやりとりがあるのみで、仮に複数のライターさんとシナリオ制作に取り組んでも、意見交換できる機会はそれほどありませんでした。ですが、アカツキのシナリオチームは気軽にライター同士でコミュニケーションが取れるので、よりよいものをつくるために不可欠な、「お互いのおもしろいと感じること」をぶつけ合えるのがとてもありがたいです。
―大竹さんに聞きたいのですが、泉さんのシナリオの魅力と言いますと?
大竹 これは今回ノベルの4巻『八月のシンデレラナイン 白夜に揺蕩う追憶』をお願いしたことにもかかわるのですが、泉さんは自身も高校まで野球をやられていた方で、『ハチナイ』のテーマである「青春」に非常にこだわりを持って執筆してくださる方です。野球経験者の視点も加えたうえで、繊細な心の機微を丁寧に書いてくださるライターさんですね。
泉 自分の場合、『ハチナイ』のシナリオを担当する上で最初に意識したのは「現実」と「フィクション」のバランスでした。たとえば、現実の高校女子野球は試合が7回までで、柵越えのホームランは滅多に見られないパワーバランスです。そうした現実を踏まえることも大事なのですが、リアリティに即してすべての要素を反映してしまうと、それはそれでエンターテインメントとしての魅力を出しづらくなってしまうんです。
―なるほど。エンタメとしての魅力を制限してしまうことになりかねない、と。
泉 はい。なので初期の頃から、そのバランス感覚は大切にしています。明確な答えが見つかるものではないからこそ常に迷いながら、チームで話し合って正解を探し続けています。
大竹 また、アカツキには「ROOTS」というさまざまな作品のシナリオメンバーが集まるチームがあり、ここでは定期的にノウハウを共有したり、気軽に雑談をするような場も設けています。そんなふうに、作品を越えてお互いにサポートできるような関係性や環境を目指しています。
泉 シナリオはややもすると「誰でも書けるでしょ」と思われてしまいがちなので、「シナリオチームは専門職ですよ」と声を上げてライターを守ってくれるのでありがたいですね。ノウハウの共有やコミュニケーションの場も設けてもらえますし、半年に1回ほど、ROOTSの代表の水野崇志さんが、すべてのライターと1on1で意見を聞いてくれる場があるのも心強いです。
―シナリオチームで区切った横軸でもコミュニケーションが取りやすい環境なんですね。
大竹 リモート作業中心になった今も日常的に連絡が取りやすい環境ですし、コミュニケーションの部分は全社的にも、『ハチナイ』のシナリオチームとしても重要視しています。
シナリオチームも試合結果は分からない!? 多くのアイデアが集まる物語の制作作業
―他にも、『ハチナイ』のシナリオ面で大切にしていることがあれば教えてください。
泉 自分の場合は、「1タップも無駄にしない」ことかもしれません。ソーシャルゲームのシナリオは気軽に楽しむもの、という認識が一般的だと思うので、小説と比べてパッと読み飛ばされる可能性も高いかもしれませんが、それに合わせて気軽に楽しめる内容にしてしまうと、おもしろいゲームにはならないと思うんです。たとえば30タップほどの短いシナリオでも、ひとつでも欠けると成り立たないようにセリフを吟味しますし、たった1タップの中にもキャラクターの個性や考えを詰め込める余地が絶対にあるので、シナリオとにらめっこしつつ考えています。
大竹 『ハチナイ』のシナリオは基本的に2Dの立ち絵を使った会話劇なので、その中でも伝わる表現力を踏まえたシナリオを意識しています。「1タップも無駄にしない」というのは、シナリオチーム全体としても意識していることですね。
泉 『ハチナイ』のシナリオにかかわって数年ですが、取捨選択をかなり意識するようになりました。「この部分はいる/いらない」を突き詰めて、残った「一番美味しいところだけ食べてください」という感覚です。
大竹 そうして現場でつくったものを、再度プロデューサーに確認を取ることで完成まで持っていくので、ひとつのシナリオでも、多くの人たちがかかわっています。「球春祭」「八夏祭」のような大きなイベントはもちろん、今後のシナリオをどうしていくかという部分を何度も議論しながら、常にプロデューサーの意向をヒアリングしていますね。
―これまでで特に議論が白熱したシナリオはありますか?
大竹 最も議論が白熱するところというと、やはり大会かもしれません。それこそ、大会の勝敗に関する話などですね。『ハチナイ』のシナリオは、執筆前に既定路線的にすべての勝敗が決まっているわけではないので、ある種自分たち自身もギリギリまでどっちが勝つんだろう、と楽しみにしながら、「こんな可能性もあるんじゃないか」と議論を重ねています。
-実際の野球のように、みなさん自身も試合展開を読むことはできないんですね。
泉 どっちが勝つか分からない、という意味ではそうです(笑)。
大竹 (笑)。『ハチナイ』はオリジナルIPのため、アイデア次第でどういう形にも変わる可能性がありますし、チーム全員で知恵を出し合ってつくっていくところに楽しみがあると思っています。
―また、『ハチナイ』ではそうしてゲームのシナリオをつくっている方々が、ノベル版のシナリオも担当されています。ノベル版ではどんなことを大切にしていますか?
泉 ゲームの『ハチナイ』とは違ってノベル版の場合はほとんどが文章だけで、ときどき挿絵を挟んでいく形式です。そのため、いい面もあれば苦労する面もありました。たとえばいい面だと、ノベルは「立ち絵や背景など、セリフに合わせるキャラクター素材がないためにこの展開はできない」ということがないので、何を書くのも自由だということです。ただ、だからこそ責任がのしかかる面もあります。
―『ハチナイ』のノベル版は、ノベルオリジナルのキャラクターや物語が展開されるなど、いわゆるゲーム版とはまた違った要素が描かれているのも特徴ですね。
大竹 そうですね。今回の小説の場合も、最初から細かく決まっているわけではないので、ノベル版で何を描くかのアイデア出しからスタートします。今回は初めて、ゲームでいう「2年生編※1」を描いているので、それがこれまでと違う大きな挑戦になっています。また、その2年生編を描くうえで、今回は1年生の小鳥遊柚を中心にして、もうひとり小鳥遊と関係の深い人物を出そう、という話になりました。それが今回新登場となる真白玲です。今回はこの2人の関係性と、真白の人物像を起点に土台となる要素が生まれました。
―『ハチナイ』の場合、ゲームではなくノベル版にも初登場となるキャラクターが登場していますね。また、そのキャラクターたちがゲームに実装されることも多いと思います。
大竹 そうですね。最初にノベルで出たエレナ・スタルヒンがキャラクターとしてゲームに実装されて以降続いている流れです。また、これまでのノベル版は、『ハチナイ』のゲームの物語の前日譚かも?な位置づけになることが多かったですが、それを一冊使って丁寧に描けるのは、ノベル版ならではのリッチな表現なのかな、とも思っています。
―選手たちの魅力を、別のアングルから深堀していくような感覚といいますか。
大竹 はい。やはり、ゲームではなく小説だからこそ描けるものというのがあるので、「ノベル版ではこういうシーンを描いてみよう」という部分を深堀して考えていきました。
「選手たちの魅力を、さまざまな角度から楽しんでもらいたい」。広がりゆくノベル版の魅力
―3巻までの中でお2人が印象的だったシーンはありますか?
泉 個人的な好みで言うと、一番好きなのは1巻でエレナ・スタルヒンが出てきて、最後にトラウマを克服するためキャッチボールするシーンが浮かびます。野球で負った傷を、野球を通じて仲間たちと克服していくというのは、『ハチナイ』のゲーム本編でも選手たちを通じて表現していきたいものと同じなのかな、と感じています。
大竹 僕は3巻で描かれた草刈レナと高坂椿のエピソードです。このテーマは、プロデューサーのアイデアをもとに再現していきました。ゲーム本編では描けなかった過去を描けた、という意味で印象的でした。『ハチナイ』のゲームとノベルの物語は、世界観的にはパラレルになっていますけど、同時に、それぞれの物語が相互に影響を与えています。これはゲームとノベルだけではなく、アニメも、WEBノベルも、漫画も含めた『ハチナイ』にまつわるすべてのシナリオの特徴かもしれません。
泉 実は自分の場合、最初は少し抵抗があったんですよ。ノベルの1巻で初登場したエレナ・スタルヒンをゲームにも登場させようという話になったとき、(異なる世界線の話になっているため)「シナリオの整合性がとれないぞ」と(笑)。
でも、プロジェクトとして『ハチナイ』という作品を多くの方に楽しんでもらうためにその判断をしたことで、作品にとってプラスになったことがたくさんあったな、と感じます。今お話していて思ったんですが、たとえるなら映画『アベンジャーズ』シリーズのように、『ハチナイ』もマルチバース的な広がり方をしているのかな、と。
大竹 その結果、1巻のオリジナルキャラクターとして登場したエレナも、2巻のオリジナルキャラクターとして登場した潮見凪沙も、今ではゲーム本編でもお馴染みのキャラクターになりました。今振り返れば、そういった意味でもゲームとノベルが循環していますね。
―お2人が思う4巻のオススメポイントなども教えてもらえるとうれしいです。
泉 自分は高校まで野球をやっていたので、「野球部だとこういうことあるよね」という経験も詰め込んで書かせていただきました。野球作品という形を取らせていただいている以上は、「こういう感じ、野球経験者なら共感してもらえるかな」という思いを込めています。
―たとえば、どんなシーンがあるんですか?
大竹 ネタバレにならない範囲でお話すると、たとえばノックなどはそうですね。ノックって受ける側が大変なのももちろんですが、する側も大変だったりするんです。そういったリアリティを感じさせる描写なども丁寧に書いていただきました。
泉 また、『ハチナイ』のテーマである「青春」の中には、もちろん彼女たちの部活動の風景が含まれているので、自分の実体験としても思い出に残っている「部活っぽさ」も、大事に表現したつもりです。練習時間だけではなく、前後のちょっとした準備や片付け、先輩と後輩とのやりとりのようなものも楽しんで読んでいただけたらうれしいですね。
大竹 そして何より、今回は小鳥遊柚と今作で初登場のキャラクター真白玲との関係性に重きを置いているので、その部分を楽しんでいただけたらすごくうれしいな、と思っています。
―小鳥遊と真白は元々チームメイトなのですよね。
大竹 真白は小鳥遊の元チームメイトで、現在の小鳥遊の心やその後の高校での野球活動にまで深くかかわっているキャラクターです。また、今回は小鳥遊以外にも、これまでノベル版に出てこなかった我妻天、桜田千代、草刈ルナ、リン・レイファといった他の新一年生も登場しますので、彼女たちと真白との絡みも楽しんでいただけたら、と思っています。
泉 そうして小鳥遊たちの魅力をより知っていただけるとうれしいです。ノベル4巻は、小鳥遊が悩んだり苦しんだりした経験を経て今があるという話になっているので、小鳥遊が好きな人は、もっと小鳥遊のことを好きになってもらえるんじゃないかと。
―ゲームだけでなく、ノベルのシナリオも担当されてきた中で、『ハチナイ』のシナリオについて進化や変化などを感じる部分があれば教えてください。
泉 自分が感じたのは、シナリオの内容というよりも、シナリオチーム自体の変化です。チームに参加した当初は、とにかく目の前の締切と戦う日々で、シナリオチームもその一員である自分も、未熟な点が多々ありました。ですが、大竹さんを含め、いろいろな方々の尽力のおかげで、今ではすごく環境の整えられたチームになっているな、と思っていて。
大竹 泉さんが言ってくださったように、ライターさんがクオリティに注力できるような環境になっていたらいいなと思います。ノベルもそうですし、シナリオ以外の世界観にかかわるテキストなども、シナリオチームがライティングや監修をしているので、チームとして以前よりも作品に広く貢献できるようになってきているとも思っています。
―これからの『ハチナイ』のシナリオについて、お2人が楽しみにしていることや、取り組んでいきたいことがあれば教えてください。
泉 やはり、ヒロイン・翼たちが目標に掲げている場所に辿り着けるかどうか、途中でも話があったように、『ハチナイ』の物語の行く末はまだ完全に決まっているわけではなく、正解を探りながら進んでいます。
そして、翼たちがその目標に挑戦していく中で、自分たちシナリオチームも同じようにさまざまな経験をさせてもらっていると強く感じます。ですから、自分たちがシナリオライターとしてアイデアを出していくことで、「翼たちがいい方向に進んでいってくれたらいい」と常に思っています。僕が考えているのは、本当にこれが一番ですね。
大竹 今、ゲームのメインストーリーで描いている夏大会も大きな山場ではありますが、その先の展開についても既に議論をしているところです。『ハチナイ』は有原たちが進級していくこともあり、限られた青春というものをある種、逃げずに描いています。そんなキャラクターたちの魅力が、ノベルや漫画などそれぞれに違う形で描かれていくはずなので、『ハチナイ』のさまざまなシナリオや展開を、今後も楽しみにしていただけるとうれしく思っています。
作品情報
作品名:八月のシンデレラナイン 白夜に揺蕩う追憶
発売日: 2022年3月30日(水)
発行元:株式会社KADOKAWA(ファミ通文庫)
価格: 690円(税別)
ご購入ページ:https://www.amazon.co.jp/dp/4047369659
詳細はハチナイ公式サイトをご覧ください。
ROOTS特設サイト
https://game.aktsk.jp/about/roots/
関連記事
文 杉山 仁 編集 大島 未琴 写真 岡村 智昭